膨大な開発投資を飲み込んだBMCの理想型 vol.1 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

膨大な開発投資を飲み込んだBMCの理想型 vol.1

オピニオン インプレ
膨大な開発投資を飲み込んだBMCの理想型 vol.1
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安井行生のロードバイク徹底インプレッション
安井行生プロフィール

膨大な開発資金を飲み込んだBMCの理想形
華々しくヴェールを脱ぐも、その直後に消息が途絶えたBMCの旗艦モデル、インペック。一年ほどが経過し「死産だったのか」と誰もが思いはじめた頃、やっと市販モデルがラインオフ、めでたく路上を走り始めた。最小サイズの試乗車を借り出した安井が、過剰ともいえる投資を受けて産み出されたこのフレームの「真実」をお伝えする。ロードファン必読の第59回。
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
2011~2012年シーズンの主役ともいえるインペックは、スイスに拠点を置くBMCが気合を入れて開発した超大作である。このフレームを製造するためにBMCは、本国スイスに巨大なカーボンフレーム製造工場を設立してしまった。ホームページ上で公開されている映像から窺えるのは、整然としていて清潔そうで、自転車のフレームを製造する従来の旧態依然としたラインとは次元が違う工場内部の様子だ。ズラリと並ぶ最新鋭の工作機械。クリーンルームのような空気感。にわかには信じがたい光景である。
この映像を手順を追って見ていくと、パイプの成形だけでなく、シェルの成型、各パーツの検査、塗装、シェルと各パイプの接着まで自動化されていることも分かる。ほとんど人手を必要としない徹底した機械化・自動化だ。工作機械は全てインペック専用品だろう。これら全てが生産台数の限られているインペック一車種のために用意されたということになる。聞いたことないほどゴージャスな開発ヒストリーである。
しかし、フレームそのものに技術的飛躍があるかというと、そんなことはなさそうだ。専門誌では新工場設立や完全オートメーションなどといった華麗な “インペック神話” が独り歩きしているようだが、フレームの構造自体は古典的なものである。自転車界ではタイムが採用している編み込み製法&RTM (レジン・トランスファー・モールディング) によって各チューブを成型し、それをサーモプラスチック製のラグ (BMCはラグではなくシェルだと強調する) で繋ぐという伝統的な仕立てである。シェルが真ん中で分割されており、パイプを左右から挟み込むという作り方は新しいかもしれないが。
アルミラグ、モノコック、異素材ハイブリッドなどフレーム自体の構造・製法はもちろん、ナノテクノロジーなど様々な方法で理想のロードバイクを追求してきた新進気鋭のスイスブランドが最後に選んだのは、意外にも “究極のラグ式” だったのである。
すでに各メディアがセンセーショナルに取り上げ、ほとんど無条件にスター扱いしているインペックだが、しかし一つ大切な、しかも根本的な疑問が完全に無視されている。「なぜBMCは、わざわざ最もコストがかかる方法で、編み込み製法&RTMという手間のかかる製法を選んだのか」である。いまやシンプルなモノコックでも、多種多様に味付けることができる。なぜ通常の製法ではなく、編み込み&RTMでなければならなかったのか。専用工場を設立し、手間とコストを食う特殊な製法を採用してまでBMCの開発陣が実現したかった性能とは、何なのか。
剛性ではないだろう。筆者の推測だが、編み込み製法&RTMは絶対的な剛性面では不利になるはず。軽さでもないはずだ。目的がそこならば誰もあんなにゴツいラグと複雑な構造は採用しない。コンセプトからすると快適性でもないだろう。商品の性格から考えてコスト削減でも大量生産でもない。BMCが目指しているものとは、一体何なのか。
もちろん、大前提は走行性能だろう。メーカー担当者の返答はこうである。
「比較的 “ローテク” なモノコック製法を使うより、カーボン繊維の特徴を活かすためにチューブを編む方法を選択しました。この製法はチューブに特性を持たせることが可能になります (繊維の密度や角度などを自由に設定することができるため)。RTMは、編んだチューブをばらつきなく作るためにもっとも適した方法だったのです」
この工場の内部に入ったことのある人物は、「繊維の編み込みからパイプの製造が終わるまで、ラインに人の手が加わる余地はほとんどありませんでした」 と言っていた。公開されている映像の通り、製造ラインに人の姿はないのだ。溶接やプリプレグの積層など、従来の製法ではどうしても人手の介入が必要になる。BMCは、人の手が入ることでフレーム製造に不確定要素が混ざることを徹底的に嫌ったのだろう。編み込み製法&オートメーションの採用は、品質の均一化を目指したものでもあると推測できる (実際に、従来のフレームの剛性・重量などの個体差は我々が思っているよりかなり大きいものらしい)。職人による手作業・ハンドメイドをウリとするブランドも多いが、インペックのポリシーは正反対なのである。
しかしスイスである必要はないだろう。工場を置く場所は他ブランドのようにアジアでいいはずだ。実際、本社でのインペック発表時に海外ジャーナリストから 「工場は台湾でもいいのでは?」 という質問 (というか指摘) があったそうだ。そこも担当者につっこんでみた。
「自国の自社工場で自分たちの手で製造することによって、全ての製品をばらつきなく作ることができ、高い品質を実現できます。自分たちの目の届く範囲で高性能と精密性を追求することで、徹底した品質管理が可能となるのです」
意図は理解できる。が、よくもここまで好き勝手させてもらえるものだとも思う。この過剰なまでの投資は、インペックの販売のみではおそらく回収不可能だろう。こんな高額な設備投資に見合うほど高価ではなく数も売れないだろうインペックが、「おいしい商売」 では全くないことは、容易に想像がつく。
例えば、完成したシェル一個一個にブルーレーザーを当てて行われる光学検査システム。そのロボットアームの動きは確かに芸術的ですらあるが、そこを丸々カットして、パートタイマー達の目視で済ますことはできたはずだ。インペックの開発・製造・販売は、ビジネスとしてはハナから破綻したプロジェクトなのだ。オーナー、アンディ・リース氏の強いこだわりによってビジネスからの逸脱を許されたインペックは、現代ロード界において唯一無二といってもいい、非常に特殊なモデルなのである。

スペック
キャプション
独自の走り世界をしっかりと構築している
ジオメトリに不満はあるが全否定はできない
そんなインペックだが、ジオメトリ表を見て肩を落とした人も多いだろう。インペックのシート角 (74度) とヘッド角 (72.5度) は、なんと全サイズで共通なのである。チェーンステー長やフォークオフセットを共通とすることは多いが、シート角・ヘッド角を統一するなどということは通常ありえない。筆者も、「ここまでやっておきながら肝心なジオメトリで手を抜くか?」 と残念に思ったものだ。
目的はもちろんラグの単純化だ。シート角とヘッド角を統一すると、ヘッド部、ハンガー部、シート部のラグをそれぞれ一種類ずつ作ればいいことになる (インペックには通常の 「レースフィット」 に加えヘッドチューブが長く設定された 「パフォーマンスフィット」 も用意されているが、なんのことはないトップチューブを上に数cm平行移動させただけであり、ラグを増やす必要のない設えとなっている)。
ジオメトリに関しては、当然技術者にはジレンマがのしかかっただろうし、社内では激しい議論・激しい衝突があったと予測する。しかしいくらコストを無視できるとはいえ、もしサイズごとにラグを専用としていたら、専用工場を設立しておきながらフレームセットを50万円程度に抑えることはさすがに不可能だったろう。事情通によると、ブルーレーザーを使用するシェルの光学検査は、プログラム構築を含めると盛大にコストを食うらしい。シェルの種類を増やすとそのコストも倍増する。
要するに、ジャイアントのフレームサイズが3~4種類しかない、と文句を言う人が少なくなったように、インペックも単純に 「手抜きではないか」 と責めることはできないのだ。インペックの特殊な製法が招いた決して小さくない弊害だが、このジオメトリに不満のない人にとっては、お買い得なモデルだととらえることもできる。
万人から絶賛を受けるタイプではないが…
その出自や製法だけでなく、走りも特殊なものだった。近年のハイエンドロードフレームに多いドッカン系でもパリパリヒラヒラ系でもコンフォート一辺倒でもない。しなりは強めだが、しなりとは異なる独特の優しさがペダリングフィール全体を支配している。絶対的な軽さや剛性、瞬間的動力性能で乗り手を圧倒するレーシングフレームのメンタリティとは明らかに別種である。方向性としては、同じ製法を採るVXRSや、しなりを前面に押し出すGDR、もしくは黒子に徹する595あたりに近いだろうか。万人から絶賛を受けるタイプでは決してないが、独自の走り世界をしっかりと構築しているフレームである。
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