【アーカイブ2009年】ロードバイクのオーソドックスな魅力に溢れている…リンスキーR220 安井行生の徹底インプレ | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【アーカイブ2009年】ロードバイクのオーソドックスな魅力に溢れている…リンスキーR220 安井行生の徹底インプレ

オピニオン インプレ

【アーカイブ2009年】ロードバイクのオーソドックスな魅力に溢れている…リンスキーR220 安井行生の徹底インプレ
【アーカイブ2009年】ロードバイクのオーソドックスな魅力に溢れている…リンスキーR220 安井行生の徹底インプレ 全 1 枚 拡大写真
意識下に高度なコミュニケーションが成立する







安直に 「最高」 なんて言葉は使いたくないが、しかし乗り心地もまた 「最高」 である。猫のような脚の動きで路面の凹凸をいなすのに、路面の状態がどんなか、粒の大きいアスファルトか目の細かいコンクリートか、スリッピーなタイルの上か砂利が浮いているから滑りやすいのか、そこはドライかセミウェットかフルウェットか、そういった情報が細かに伝わってくる。あえてかつてのライトスピードに対して使われた表現を持ち出せば、「まるで魔法の絨毯のよう」 である。



なぜこれほどまでに乗りやすく、操るのが愉しいのだろうか。素人の妄想にすぎないが、このリンスキーの場合、理由はスタンダードな丸パイプではないかと思う。変形する方向を限定しようとした異型加工パイプとは違って、真円に近い丸パイプなら (単体として考えればだが) どの方向にも同じように自然にたわむ。そのほうが動物としての人間の感覚にマッチするのではないだろうか (例えば、四角という形は自然界にはほとんど存在しない)。それは 「動力伝達」 という点においては不利なのかもしれないが、だからこそ乗り手とバイクとの間で淀みない意思疎通を可能とし、無意識のうちにスムーズで非常に高度なコミュニケーションを成立させている、とは考えられないか。だから扱いやすい。馴染みやすい。乗りやすい。楽しい。ずっと走っていたい。ハンドリングにおいても、R420とジオメトリは同じはずなのにR220の方がずっとナチュラルに思える。







だが、単なる感想文 (しかも全てにおいて肯定的な立場からの) に終始するインプレッション記事ほど役に立たないものはない。しっかりと欠点もお伝えしようと思う。



まず、重い。代理店の実測ではフレーム重量で1300g近くもあるらしい (個人的にはそれほどの欠点だとは思わないが)。



次に、登りでは軽快感に富んでいるとは言えない。重力を無視しながら舞うトップバレエダンサーのような軽々とした動きは見せてくれない。しかし武道の達人が少しだけ腰を落として音もなく体捌きをするように、地を這う低重心のダンシングでスルスルと上るその感覚、これはもはや長所と言っていい。パワーライディングでも比較的肉厚のチューブが涼しい顔で脚力を受け止めてくれる。事実、R220で長い緩斜面を軽めのギアでクンクンクンと上るのは笑いがこみあげる至福のときでもあり、多くのさらなる能力がフレーム内に潜在しているようにすら思わせるその登坂力は 「必要にして充分なだけ…」 の世界である。



さらに言えば、下りも速くはない (高性能レースバイクと相対させてみれば、だが)。細身のヘッドチューブの剛性がそれほど高くないのだろう、ダウンヒルや高速域など、大きな応力がかかるような場面での微舵応答性にはどうしても甘さが出てしまう。例えば70km/hで下っている最中に5cmだけ進路を左にずらして路面の亀裂だとか小石だとかを避ける、なんていう行動は、現代の高剛性バイクほどあたりまえには行えない。コーナー途中の路面が荒れていれば簡単にアンダーステアになるし、大口径ヘッドを高弾性カーボンでガチガチに固めたバイクのようなスピードで下ろうとするとそれなりの集中と緊張を強いられる。







流行り廃りに固執しない、語るに値する存在







だが、R220が与えてくれるライディング・プレジャーはそれらの欠点をも許す。 そもそも 「いいロードバイク」 においてそれらは必ず欠点なのだろうか。実際には、確かに高性能であっても 「どうやって数千字を埋めろというんだ?」 と言いたくなるような、平凡にすぎ、刺激もなにもない、無味無臭 (で無害) なバイクに出会うことは多い。



そんな中でこのリンスキーは、絶対的な性能は劣っているにも関わらず (しつこいようだがあくまでもレーシングバイクと比べれば、だ)、まさに多くを語るに値する存在として、ある種の敬意を持って接することができる。というのは、人間が単なるオペレーターとしてではなく、人間として、人間らしく、生き生きと、歓びをもって走らせることができるバイクだから。確かにこれは、かの人が言う 「いいスポーツカー」 という意味においての 「いいスポーツバイク」 として完璧に近い。確かに古典的だが、最先端テクノロジーでビタミン注射されたような現代のバイクにはない、真面目に作られたロードバイクのオーソドックスな魅力に溢れている。



しかもUS職人メイドのチタンフレームとしては安価である。衝動的に欲しくなってしまった僕は本国サイトを隅々まで読んでみた (もし僕の貯金に幾ばくかの余裕があったなら、すぐにでもヘッドチューブを短くしてシートアングルを少し寝かせたジオメトリでオーダーしている!)。すると驚くことにこのリンスキー、本国アメリカと日本との販売価格差がほとんどないのである。関税や輸送コストを考慮するとバーゲンプライスといってもいいだろう。ちゃんと利益は出ているのだろうか、と他人事ながら心配になってしまうが、そんな価格設定も含めて、R220は本当に 「いいバイク」 だと思う。







ここまでオーガニックで純粋な反応を返してくるバイクを僕は他に知らないし、この噴き出さんばかりの 「チタンらしさ」 は絶品である。個人的な想いとしては、チタンフレームにはこうあってほしい。流行の高弾性カーボンと対抗しようなんて強がる必要はない。



人間社会の様々な物事と同じように、当然このロードバイクの世界にも流行り廃りがある。ピナレロやトレックなどはトップ集団でその最先端を行き、チタンでいえばライトスピードのハイエンドラインやR420も必死で後を追う。僕たちはいかにも自由な自転車人のふりをしながら、実はその流行に操られ、いつも振り回されている。



それはもちろん悪いことでも間違っていることでもない。ロードバイクとは進化を続けるべき乗り物であり、そこには崇高な目的を見ることができる (そこが主張や教養が感じられない類の低俗なファッションのトレンドとは違う)。それこそが競技用機材にとって正しい姿の一つであり、むしろそんな流行に振り回されることは自転車愛好家が数多く持つ楽しみのひとつだ。



だがこのリンスキーは揺れ動く世界の風潮に流されない。重要なのは相対的なポジションではなく絶対的な意義だろう、と言わんばかりに悠々と我が道を行く。一本のチタンフレームくらい、慌ただしい流行の呪縛から自由であってもいい。




《》

関連ニュース

ブランドコンテンツ(PR)