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長らくマドン一本で勝負してきたトレックが、遂に快適性重視のドマーネシリーズをカタログに加えた。世界中のロードバイクメーカーが「快適性と動力性能を両立した…」という謳い文句で新型車を売り出している現在、シート集合部にISOスピードという可動機構を背負ったドマーネは、エンデュランスロードの最終回答となりうるか。怖いもの知らずの安井がそのヴェールを遠慮なく剥ぎ取る。
(text:安井行生 photo:我妻英次郎/安井行生)
ロードバイクの作り手は昔から、体重のかかるフレーム後半の振動吸収性向上に腐心してきた。シートステーを湾曲させたモデル、チェーンステーを細く薄く作ることで積極的にしならせるモデルに加え、スペシャライズド・ルーベシリーズやラピエール・センシウムなどの振動吸収材使用モデル、KHSやクライン・レーヴなどのエラストマーサスペンション使用のソフトテール採用車まで、試行錯誤を繰り返してきたのだ。しかし、ホイールそのものを動かしてしまうそれらの機構は、失うものも大きかった。そうやって得られる快適性は、どうしても動力伝達性とのトレードオフとなり、ロードバイクの本分である 「走り」 を犠牲にしてしまう危険を孕んでいるためだ。
一つの正解が、動力性能にはさほど影響しないシートピラーから上をフロートさせ、サドル部のみを動かすというものだろう。スペシャライズドのゼルツシートピラーやルックのE-ポストなどがこれにあたる。しかしドマーネのそれは、「リアホイールを動かさずサドル部のみを柔軟に作る」 という考え方としては一緒だが、仕掛けがもっと大掛かりである。シートチューブ全体を動かしてしまおうというのである。
ドマーネは、トレックが重い腰を上げてやっとこさ導入したエンデュランスロードバイクである。スペシャライズド、キャノンデール、ジャイアント、フェルト、ピナレロ…多くのビッグブランドが純レース用マシンとは別にロングライド志向バイクをラインナップしている中、あのトレックが今まで持っていなかったことが不思議といえば不思議なのだが、このドマーネも 「あのプロレーサーも満足させた~」 「パヴェで使われた~」 というお決まりのエピソードと共にデビューした。
しかし、ピュアレーシングフレームの快適性もどんどん向上している現在、生半可なコンフォータビリティではユーザーを満足させられない。そんな状況の中、トレックがドマーネで採った手法は、他のどんなブランドにも見られないものだった。
まず、トップチューブ後端を双胴とし、その間をシートチューブが貫通するような構造としておく。トップチューブとシートチューブを完全に分離させるのである。しかしそのままではシートチューブが動きすぎてしまうため、トップチューブとシートチューブの交点をピボットによって連結して動きを制限、スムーズに動くようにベアリングを入れる。これによって、シートステーやチェーンステーとは全く関係なく、シートチューブ~サドルが前後にしなりやすくなる。横方向には動かない計算である。
要するにこれは、一種のサスペンションだ。シートチューブ全体をリーフ式サスペンションとして働かせてしまおうという算段である。こうすることでシートチューブを振動吸収に専念させることができるようになり、リアセクションをソフトにしてリアホイールを無駄に動かす必要がなくなったのである。だからドマーネは、快適性重視モデルながらダウンチューブ~チェーンステーを強化して動力伝達性を確保する 「パワートランスファーコンストラクション」 という高剛性バイクさながらのコンセプトを採用することができたのだ。この機構を見て、「やられた!」 と歯ぎしりをした他社エンジニアは多いかもしれない。
トレックはこれを 「ISO (アイソ) スピード」 と名付け、6シリーズからフルアルミフレームの2シリーズまでの4グレード全てにこの構造を採用した。13シーズンのトレックは、マドンとこのドマーネという2トップ体制で戦っていくことになる。今回試乗するのは、ドマーネシリーズのトップグレード、6.2である。
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多数のプロトタイプを制作して試行錯誤した結果、トレックのエンジニアがたどり着いた回答だというISOスピードテクノロジー。ピッタリとチリのあった小さなカバーを外すと、小さなベアリングが顔をのぞかせる。ピボットのシャフトを抜き、小径のシールドベアリングとラバーブーツを外すと、トップチューブとシートチューブの締結がハラリと解ける。思ったとおり、フリーになったシートチューブはブルンブルンであった。ドマーネのシートチューブは、かなりソフトに作られているのである。ここで気になるのが、この機構の耐久性である。前回と同様に、エンジニアのポメリン氏に解説してもらおう。
Q:ベアリングが入っており、しかも体重が常にかかるこの複雑な機構の耐久性は?
A:10万回以上の耐荷重試験を行っており、どんな体重のライダーがどんなに激しく乗っても壊れないような設計になっています。しかもシールドベアリングなのでベアリング自体の耐久性も高く、ベアリング交換も容易です。
ただ、雨天時のメンテナンスや長期使用時における異音発生など、気になるところはある。覚悟しておいてもいいだろう。
Q:シートチューブの根本が薄いのは、前後にしなりやすくするため?
A:その通りです。ISOスピードというシステムをしっかりと働かせるために、前後にはしなりやすく、でも左右方向には剛性をもたせる断面形状としています。
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ジオメトリにも特徴がみられる。一般的なジオメトリであるマドンに対し、ドマーネはヘッド角が寝ており、BBドロップは80mmとかなり大きい (大きいサイズは78mmと75mm)。チェーンステーも42cmと長く (大きいサイズは42.5cm)、フォークオフセットに至っては53mm (大きいサイズは48mm) とロードバイクとは思えない値となっている。また、フォークは曲がりの大きなものとなっているが、そのままではホイールベースが長大なものとなってしまうため、エンドを手前側にオフセットさせるという、どこかで見たことのある形状の 「ISOスピードフォーク」 を採用している。ヘッドチューブはマドンのH2フィットよりも若干長く設定されているため、かなりアップライトなポジションに限定される。
Q:BBハイトがかなり低いようですが、その意図は?
A:どんなライダーでも安心して乗れるようにするため、シャープになりすぎないような設計をした結果、このBBハイトになりました。ヘッドチューブもマドンに比べて寝ており、安定性を上げる設計となっています。
ついでにこんなことも聞いてみた。トレックの開発者にずっとぶつけてみたかった質問である。
Q:トレックのトップモデルは何年も前からチェーンステーにメーターのセンサーを内蔵するというデュオトラップセンサーを採用していますが、大きな応力がかかるチェーンステーに穴をあけていいんでしょうか?
すると彼はこう白状してくれた。
A:実はそのアイディアを聞かされたとき、私は 「そんなことはできない」 と答えました。チェーンステーは大きな力がかかる場所ですから。
やっぱりそうだったか、と長年の疑問が解けた。あれは、技術者発信のアイディアではなかったのである。
A:でも、スッキリとしたルックスになるなど、デュオトラップセンサーというシステムのメリットも大きい。そこで、穴の面積を最小限に抑え、さらに凹み内壁のカーボンの積層を増やすことで強化しました。そもそも、チェーンステーの両端にはかなり剛性をもたせなければなりませんが中央部分はあえて剛性を落とし、あえてしなるような作りにするものです。根本を強く、根本から離れるにしたがってしなやかにしているわけです。だから実際には、中央に穴が開いていてもさほど問題ではなかったんです。
確かにいくら踏み込んでも、この 「穴」 によるネガや左右差は全く感じ取れない。デュオトラップセンサーについて文句を言うのは、もうやめることにしよう。
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