「聖火ランナーになれる可能性があったのに」舛添知事が東京五輪50周年でコメント | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

「聖火ランナーになれる可能性があったのに」舛添知事が東京五輪50周年でコメント

スポーツ まとめ
舛添要一東京都知事
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1964年東京オリンピック・パラリンピック50周年記念祝賀会に参加した舛添要一・東京都知事は次のように述べた。

「1964年のオリンピック開会式、晴れ渡った真っ青な空に、ブルーインパルスが描きました五輪、これを背景に聖火が灯された光景を、いまでも鮮明に覚えております。

当時高校生だった私は、陸上競技選手として、短距離にとりくんでおりましたが、スプリンターであったことを、大変後悔しました。もし、中長距離種目を専門に取り組んでいたら、聖火ランナーになれる可能性があったからであります。(笑)

しかし、そこで努力を続けまして、翌年は大分県で行なわれました、高校生、スポーツの全国一を決める、インターハイの代表に選ばれることができました。

また、20代の頃は、フランスで行なわれました柔道の試合で、フランス人の選手に負けたことがショックでありまして、帰国後、毎日修行し精進し、黒帯をいただいて柔道の選手にもなりました。

その他にも実は乗馬にも取り組んでおりまして、陸上、柔道、乗馬と、オリンピック3つの競技をやった東京都知事っていうのは私がはじめてではないかと思います。(笑)

このように私の人生におきましてスポーツというものは切っても切り離せないものでございます。

皆様のご存知のように、2020年には東京でオリンピック・パラリンピック開催の権利を勝ち取りました。

オリンピックが映し出しました、未来の新しい時代の到来を感じ取っております。
人々に夢と希望を示すものとして、史上最高、世界一の大会となるように、万全の準備を進め、世界の方々を最高のおもてなしで歓迎して、世界一の都市東京を実現していきたいと考えております。

また、東日本大震災の被災県をはじめとして、全国自治体とも連携いたしまして、日本全体の発展につなげていきたいと考えております」

《大日方航》

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