その背景として考えられるのが、学校現場で自転車教室が十分に実施されていないことです。そこで今回は先進的な取り組みを始めた、愛媛県の事例を紹介しましょう。
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ずらりと並んだスポーツバイク。初めて乗った高校生も多かったはず(撮影:清家太郎)
同県では2012年から高校生を対象に、「自転車を安全に楽しく乗るための教室」を開催しています。その特徴は大きく分けて3つ。1つめは彼ら自身が乗るママチャリを使った安全講習だけでなく、用意したスポーツバイクを使った体験試乗もあわせて行っていること。タイトルにあるとおり、“楽しく”乗ってもらうためです。こちらの講師は地元テレビへの出演で知名度も高い、MTBプロ選手の門田基志さん。彼は自転車に乗る=ヘルメットをかぶるとの意識づけにも貢献しています。
2つめは会場として自動車教習所を利用していること。「事故の多い場所の交通を規制し、そこで教室を開くことを提案したものの、さすがにそこまでは難しい。それでも実際の道路に近い教習所でそこのクルマも使い、リアルな状況を再現できた」とは、安全講習の講師を務めた渋井亮太郎さん(愛媛県自転車安全利用研究協議会委員)の談です。
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ママチャリに乗った高校生が、駐車車両を追い抜くところに逆走自転車が!(撮影:清家太郎)
3つめは単に乗り方を教えるにとどまらず、各自の自転車を適正な空気圧やサドル高に調整していることです。必要に迫られてやむなく乗っている自転車が、ちょっと手を加えるだけで見違えるほど快適になると知れば、メンテナンスの大切さに気づくだろうとの配慮です。これは1つめとともに、高校生にダサいと思われがちな自転車が高機能な乗り物で、スポーツの場でも活躍する存在であることに気づかせます。
この教室、スタントマンを使った派手な事故シーンの再現は行いません。その理由について渋井さんは、「レアなケースを見せるより、高校生がしばしば遭遇するシーンが、いかに危険かを知ってもらったほうが大切だから」と語ります。講習ではママチャリに乗った高校生自身が、路上に駐車したクルマを追い抜くところに、教師や警察官扮する逆走自転車が出現。危うくぶつかりそうになってやむをえず右側に膨らんだ高校生に、対向車線を走るクルマがクラクションを一発……。こうした実際にありうるシーンで、逆走がいかに相手に脅威を与えるかを身をもって学びます。
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クルマの運転席に座り、ドライバーから自転車がどのように見えるかも体験(撮影:清家太郎)
さらにクルマの運転席に座り、ドライバーから自転車がどのように見えるかも体験。自動車運転免許を持たない高校生にとって、この視点から道路状況を目にすることはほぼ皆無です。これも先ほどの実習と同様、自身の行動がどのように見えるかを立場を変えて知ることになります。
このような実践的な講習が、成果を発揮する日は近いでしょう。ただし、忘れてはいけないことがあります。それは模範となるべき高校生の親、大人達が、こと自転車に関してはルールを守っていないことが少なくないということです。これでは子どもたちが守らないのも当たり前です。そのため親たちに自転車に関するルール、特に自転車が車両であることをきちんと認識してもらい、ひいては子どもたちを指導できるように、というのが門田さんや渋井さんたちの次なる目標です。