「どちらかといえば、あまり好きじゃなかったんですけどね」
浦和レッズ一筋で13年間プレーし、ジーコおよびイビチャ・オシム元監督のもとで日本代表として「40」のキャップを獲得。ワールドカップ・ドイツ大会のピッチにも立った百戦錬磨の35歳を、興味津々にさせているものとは何なのか。
答えはチョウ・キジェ監督のもとで行われるミーティングにあった。
「面白いんですよ。わかりやすいというか、簡潔にものごとを言ってくれるし、とにかくいろいろな話をしてくれる。サッカーの戦術的なことだけではなくて、もっと以前の話、心構えや気持ちの部分などを含めて非常にためになることを言ってくれる。その意味で楽しいというか、興味深いミーティングだなといつも思っているんです」
■ベルマーレに関わる全員を鼓舞するチョウ監督
チョウ監督は初めての著書『指揮官の流儀 直球リーダー論』(角川学芸出版刊)においても、ミーティングをもっとも大切な仕事と位置づけている。
「個の力を最大限に引き出し、組織としての力を何倍にもできるかどうかはミーティング次第だといっても過言ではないと思う」
現時点で強く印象に残っているものは何か。坪井は古巣レッズをホームに迎えた3月7日の開幕戦前に行われたミーティングをあげた。2年ぶりに臨むJ1での戦いを航海に例えながら、チョウ監督はベルマーレに関わる全員を鼓舞している。

湘南ベルマーレ
「僕たちは海に出るときに、見栄えは豪華客船ではないかもしれないけど、フロアがひとつしかないような船で、荒波がきても全員で手を取り合っていくようなチームなんだ」
移籍加入してから2カ月半。坪井はすっかり46歳の指揮官に心酔している。
「ものの例え方も非常に上手だし、引き込む力がありますよね」
■チーム最年長にして“いじられキャラ”に定着
30歳以上の選手が自身を含めて3人だけという若いチームにも、違和感なく溶け込めた。髪を短く刈り込んだ頭をよく触られるなど、チーム最年長にして“いじられキャラ”に定着している。
プライドが邪魔になることはなかったのか。坪井は笑いながら「ないですよ」と首をヨコに振った。
「だって、僕にはプライドないですもの。最初は若い選手のほうが気を使っていたと思うんですけど、そのうちに気がついたんじゃないですか。『この人は(いじっても)大丈夫だ』と。僕自身はゼロから、本当に何もない状態からベルマーレのサッカー、チョウさんの考え方を吸収しようと思って来た。僕にとっては初めての移籍でしたけど、みんながそういうふう(いじられキャラ)に受け入れてくれているので助かっています」

坪井慶介 参考画像(2007年)
厳しさをとことん追求する環境のもとで、成長していると実感している。公式戦3試合目にして移籍後で初出場&初先発となり、ゲームキャプテンも務めた18日のヴァンフォーレ甲府とのヤマザキナビスコカップ予選リーグ。両チームともに無得点で折り返したハーフタイムに、チョウ監督はホワイトボードにいきなりこう書きなぐった。
「How many sprints ?」
何回全力でダッシュしたのか。運動量が乏しく、躍動感に欠けた前半戦を「興行じゃないし、見ている僕自身も面白くなかった」と一刀両断した指揮官は、坪井には「パーフェクトなできでした」と及第点を与えている。
レッズと日本代表で定位置だった3バックの右ではなく、中央を任された。1対1におけるスピードと対人能力の高さが武器だと長く考えてきた。というよりも、自分自身で限界値を決めていた感があった。翻ってチョウ監督は坪井が積んできた濃厚な経験が、3バックの真ん中でラインコントロールを司り、ゲーム展開を読む力でもプラスになると信じて送り出した。
■ベテランでも特別扱いはない
チョウ監督自身、ベテランだからと坪井を特別扱いしていない。別メニューを命じたのは、足が痛そうな素振りを見せていた一日だけ。その理由を「慶介には選手としてさらに成長してほしいから」と語る指揮官の熱い思いに、坪井もしっかりと応えている。
「トレーニングは正直、大変ですけど……楽しいですね。この年齢になってもハードなトレーニングをすることで、まだ伸びる部分があるということに挑戦し続けていきたい。やはり攻撃の部分でどこか自制する、あるいは止まっていた部分があった。そういうものは必要ないんだとベルマーレに来て思えるし、その意味でも思い切りのよさをもっと出していきたい。ベルマーレのサッカーやチョウさんの考え方で、積極的にいける環境にしてもらっているので」
ヴァンフォーレ戦の均衡が破れたのは後半26分。左からMF永木亮太が放ったコーナーキックを、ニアサイドに走り込んできた坪井が頭で触れてコースを変える。強烈なシュートはGK荻晃太の股間を抜けてゴールネットを揺らし、値千金の決勝点となった。
2003年5月17日のガンバ大阪戦の終了間際に決めた同点ゴール以来、実に12年ぶり2点目となる公式戦でのゴール。あまりに珍しいものを見たのか。レッズ時代のチームメイトで、現在はヴァンフォーレでプレーするDF野田紘史が試合後に「ここで出るとは」と祝福にきたほどだ。

坪井慶介 参考画像(2003年)
直後から祝福のメールも届いたという坪井が、古巣レッズのサポーターへ向けて「驚いてほしいですね」とはにかみながらゴールを振り返る。
「たまたまです。僕がたまたまあそこに走って、亮太がすごくいいボールを蹴ってくれたので。あれが僕じゃなくてもいいと思いますし、チーム全員で取ったゴールだと思っています」
昨シーズンはレッズで出場1試合にとどまった坪井を、チョウ監督も粋な言葉で祝福する。
「今年だけじゃなくて去年も出られない期間が長かったかもしれないですけど、腐らずに上を向いてやるという姿勢を示してくれたことは本当に嬉しい。神様がそういった選手にプレゼントをあげるというのは、僕はこの世界では鉄則というかロジックだと思っています」
■出番無しでも充実感
スコアレスドローで勝ち点1を上積みした22日のベガルタ仙台とのJ1第3節は、リザーブのままで出番なしに終わった。それでも坪井の表情には、充実感が漂っていた。
「湘南ベルマーレというチーム力が大事になってくる。スタメンではない選手も含めて、一人ひとりがチームのために何をするべきかということをしっかり考えて今後を戦っていけば、必ずいい結果がついてくると思っています」
14日の鹿島アントラーズ戦で劇的な決勝ゴールを決めたFWアリソンの頭に、黒い防護ネットが巻かれていたことを覚えているだろうか。実は開幕戦を2日後に控え、非公開で行われた紅白戦で坪井と空中で激突。額の右をホッチキスで5カ所止めるケガを負っていたのだ。
練習や試合内容に対して、いっさいの妥協を許さない「厳しさ」がベルマーレには脈打っている。一方でミーティングに象徴される「楽しさ」も充満している。レッズの1年目に背負った「20」番だけでなく、心身ともに若返った坪井は新天地での日々を心から謳歌している。