「佑都のようにチームから信頼されて、中心選手としてプレーしていけば。ちょっと気が早いかもしれないけど、ブンデスリーガの1部で力を発揮できるようなら、ヨーロッパの市場は広いのでドイツ国内でも、あるいは他の国のリーグからもいろいろな評価をもらえるようになるんじゃないかな」
FC東京ではルーキーイヤーが開幕する前のキャンプで、その体に搭載された速さと強さをイタリア人のマッシモ・フィッカデンティ監督に見染められてレギュラーに抜擢された。
前半戦でわずか2ゴールに終わると、荒削りな部分をダイヤモンドに変えるために、ワールドカップ・ブラジル大会で中断している間にマンツーマンで徹底的なシュート練習を課された。
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特訓の成果もあって急成長を遂げると、まばゆい輝きを放ちはじめた武藤嘉に日本代表監督も魅せられる。ブラジル大会後に就任したメキシコ人のハビエル・アギーレ、今年3月に就任したフランス国籍をもつバヒド・ハリルホジッチ両監督も常に武藤嘉をメンバーリストに加えてきた。
ハリルジャパンにおける武藤嘉の基本ポジションは2列目の左。同じ1992年生まれのFW宇佐美貴史(ガンバ大阪)と争う構図となっている。
もっとも、ハリルホジッチ監督はマインツで初体験となるワントップに挑戦している武藤嘉の可能性に大きな期待をかけている。
「武藤は真ん中でもプレーできる。彼のスピードと戦う意識がチームに何かをもたらすと思う。実力も規律もあり、頑張り屋でもあるので、1年後には違う攻撃を見せてくれると信じている」
■マインツでの初ゴール
新天地マインツでも、ドイツ人のマルティン・シュミット監督の信頼を勝ち取りつつある。現地時間8月23日のボルシアMG戦で、武藤嘉は実に5度もオフサイドの網に引っかかっている。
場合によっては叱責されかねないプレーを、シュミット監督はむしろ「いい動きをしている。これまで通りプレーしていい」と称賛した。
背中を押された武藤嘉は勇気をもって縦に抜ける十八番のプレーを貫き、オフサイドぎりぎりで抜け出した6日後のハノーヴァー戦での初ゴールにつなげた。
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ゴールという結果とともに、新戦力として注目される呪縛から3試合目にして解放された。母国への手土産のひとつである「自信」を、武藤嘉はハリルジャパンに還元したいと意欲を見せる。
「戦う姿勢やファイティング・スピリットは、ドイツでかなりもまれていると思うので、日本代表にいい勢いを与えられるようなプレーをしていきたい。チームのために走ることがまずは大事だけど、それにプラスして、今回は自分の結果というものにもこだわりたい」
■武藤嘉紀と本田圭佑
初日の練習前には、日本とヨーロッパのディフェンダーの違いについて、FW本田圭佑(ACミラン)と談義を交わした。
慎重に間合いを見極める日本人と異なり、ブンデスリーガのディフェンダーは一発で足ごとボールを刈り取りにくる。屈強な大男をいなすために裏へ抜け出す動きに工夫を加え、ボールと相手の間にしっかり体を入れて、マイボールを失わない術にも貪欲にトライしていることを本田に語っている。
実は武藤嘉のスマートフォンには、高校時代から憧れてきた本田とのツーショット写真が大切に保管されている。プロ入りする前に、都内の施設で偶然居合わせた本田に頼み込んで撮影したものだ。
アギーレジャパンに初めて招集された昨年9月。本田に挨拶こそした武藤嘉だが、恐れ多くて写真の件を切り出すことはできなかった。
あれから1年。胸を張り、自信をもってヨーロッパのディフェンダーに対する持論を展開してきた武藤嘉に対して、本田も熱いエールを送る。
「彼のいいところは、相手に臆することなくガンガンいくところ。それを次の試合でもしてほしい」
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目指すのは5試合ぶりとなる日本代表の勝利。昨年9月9日のベネズエラ代表戦を最後に遠ざかっているゴールで歓喜を導きたいと、武藤嘉は力を込める。
「あとは代表でいい結果を残すだけ。どのような出場になるのかはわからないけど、自分の力を100%出したい」
国境や文化の壁を越えて誰からも愛され、それを力に変えて成長直線を描き続ける武藤嘉が、一時停止を強いられているハリルジャパンを覚醒させる起爆剤になる。