しかし、1年生からしっかりと単位を取得してきた室屋の真摯な姿勢と、プロの舞台でプレーすることで、リオデジャネイロ五輪でさらに飛躍する可能性を秘めていることが明治大学側の考え方をも変える。
政治経済学部に籍を置いたままFC東京とプロ契約。大学生とJリーガーの二足のわらじに挑むことが発表されたのは2月5日。胸に抱いていた夢と希望は、わずか6日後に絶望感へと変わる。

室屋成 (c) Getty Images
興奮と緊張を交錯させながら臨んだ宮崎キャンプでの初日。トレーニング中に左足を痛めた室屋は、緊急帰京を余儀なくされる。都内で精密検査を受けると、耳慣れない症状を告げられた。
「左足ジョーンズ骨折」
小指のつけ根部分の疲労骨折のことで、骨がくっつくのが遅れる、あるいは治癒が止まって患部が動きやすいことで難治性が高い。早期復帰には手術が必要となり、腫れが引くのを待って19日にメスを入れた。
【THE REAL】大学生Jリーガー・室屋成の成長を加速させる4つの夢…左足骨折の悪夢を乗り越えて
この時点で全治は3カ月。当面は患部を動かせないから、リハビリもままならない。復帰したとしてもゲーム勘やゲーム体力といった点で不安が残る。リオデジャネイロは厳しいのでは、という声もあった。
胸中に不安がなかったといえば、もちろんウソになる。ようやくランニングを再開できたのは5月中旬。焦りは禁物のデリケートなケガだけに我慢を重ね、医師の「絶対に間に合う」という言葉を支えにした。
J3に参戦しているFC東京U-23でベンチ入りを果たし、藤枝MYFC戦の後半25分からピッチに立ったのは6月12日。室屋は自身のツイッターで感謝の思いをつづっている。
4ヶ月ぶりに復帰することができました。
— 室屋成 (@muroya111) 2016年6月12日
家族、友人、スタッフや支えてくれた
たくさんの人に感謝しています。
そして今日は大勢のサポーターが名前を叫んでくれて目頭が熱くなりました。これからFC東京の勝利に貢献できるよう努力します! pic.twitter.com/VUUx9nSm2u
6日後のセレッソ大阪U-23戦では初先発を果たして61分間、6月26日のグルージャ盛岡戦では同じく先発して67分間プレー。ピッチに立つ時間を徐々に伸ばしたなかで、南アフリカとの国際親善試合を迎えた。
リオデジャネイロ五輪に臨む最終メンバーが発表される前で最後となる一戦。約5カ月ぶりに代表復帰を果たし、先発にも名前を連ねた室屋は、前半終了間際に復活を高らかに告げるアシストを決めている。
左サイドでスローインのボールを受けたMF野津田岳人(アルビレックス新潟)と、FW中島翔哉(FC東京)が細かいパスを交換しているとき、室屋はまだ自陣のなかほどにいた。
そして、リターンを受けた中島が体を反転させ、右サイドにいたMF矢島慎也(ファジアーノ岡山)へ、約40メートルものサイドチェンジのパスを通した瞬間だった。
チャンスのにおいをかぎ取った室屋がグングン加速し、ボールをキープする矢島の外側を追い抜いていく。スピードに乗った状態で矢島からパスを受けると、冷静沈着にゴール前の状況を見極める。
中央へ走り込んでいたFW浅野拓磨(サンフレッチェ広島)には、マークがついていた。ニアサイドにもふたり相手選手がいる。一方で走り込んできた野津田に、ひとりが引きつけられている。
室屋から見てゴールから反対側に生じた大きなスペースへ、右手で小さく手招きしながら矢島が走り込んできた。あうんの呼吸で放たれたマイナスのクロスの軌跡が、矢島の右足と鮮やかに一致する。
相手GKがほとんど反応できない強烈な一撃が、バーに当たってゴールに吸い込まれる。勢いあまってゴールラインを割っていた室屋はそのとき、右手でガッツポーズを作っていた。
【FC東京・室屋成が挑むリオ五輪と先駆者・長友佑都の背中 続く】