埼玉スタジアムで10月15日に行われた、2016JリーグYBCルヴァンカップ決勝後の取材エリア。PK戦の末に浦和レッズに苦杯をなめたガンバ大阪のDF丹羽大輝は、サッカーだけでなく人生にも通じる、摩訶不思議な“ワールド”の中心にいた。
「これが勝負の世界ですし、しっかりと受け入れないといけない。悔しさはピッチの上に置いてきました。ピッチでの借りはピッチで返すしかないし、この場でいくら“ああだ、こうだ”と口で言っても仕方がないことなので。次にレッズと対戦するときに、いかにこの気持ちを忘れずにできるか。レッズの関係者の皆さんには、本当におめでとうございますと僕は言いたいですね」
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丹羽大輝 参考画像 (c) Getty Images
延長戦を含めた120分間の死闘をへても1‐1のまま決着がつかず、もつれ込んだPK戦。ガンバを率いる長谷川健太監督は、自ら指名した5人のキッカーのなかに迷うことなく丹羽を入れた。
言い渡されたのは3番手。先行のガンバからMF藤本淳吾、レッズのMF阿部勇樹、再びガンバのMF今野泰幸、レッズのFWズラタンと全員が成功した状況で、丹羽がゆっくりと出陣していく。
■ブーイングも気持ちいいと感じていた
「丹羽ちゃん、外せ!」
レッズの選手たちから浴びせられた言葉は、丹羽にとってプレッシャーにはなりえなかった。レッズサポーターのブーイングを含めて、背番号5は自分自身へのエールと受け止めていた。
「いろいろとワーワー言われましたけど、それを背中越しに気持ちいいと感じていたので。ああ、自分の脳の状態はすごくいいな、と思えましたよね。PKを外す選手はそういうのをすべてプレッシャーに感じて、視野が狭くなって、考え方がナーバスになったりするんですけど、僕は心から楽しめていた。
5万人以上のお客さんが入ったあの雰囲気、レッズのサポーターが多いなかで僕は別にアウェーだと思っていなかった。自分たちにも声をかけてくれる、くらいに感じていたので。あの雰囲気を作ってくれたレッズのサポーター方々にも、本当にありがとうという気持ちを抱いてプレーしていました」
ギリギリまで動かないことで心理的な駆け引きを仕掛けてきたレッズの守護神、日本代表のGK西川周作の逆を突く形で、丹羽は強烈な弾道をゴール左へしっかりと突き刺す。
トレードマークの青いマウスピースを見せながら、ガッツポーズとともに雄叫びをあげた直後だった。レッズの3番手として歩み寄ってきていたFW興梠慎三へ、丹羽はすれ違いざまに大声をかけている。
「慎三、思い切って蹴れよ!」
同じ1986年生まれの興梠とはルヴァンカップ決勝に限らず、これまでに数え切れないほどの勝負を演じてきた。畏敬の念を抱く存在だからこそ、正々堂々と真っ向勝負を演じたい思いを大声に込めた。
「相手に対して“外せ”と言うのは、おそらく小学生たちが使う言葉だと思うので。僕はプロフェッショナルとして“思い切って蹴れよ”と言ったんですけど、そうしたら本当に思い切ったキックで、しっかりと決めていましたね。さすがですよ」
丹羽に対して「外せ!」と野次を飛ばしてきた、レッズに対する強烈なアンチテーゼとも受け止められる言葉。勝負は4番手に移り、ガンバは関西学院大学卒のルーキー、FW呉屋大翔(ごや・ひろと)が登場する。
実は長谷川監督から指名された5人のキッカーのなかに、呉屋は当初含まれていなかった。4番手に指名された他の選手が拒み、直後に目が合った呉屋を指名。22歳のストライカーも「蹴ります!」と即答した。
関西学生サッカーリーグで3年連続の得点王に輝いた肩書をひっさげ、ガンバに加入した呉屋はペナルティーマークに歩み寄りながら、その胸中で自信とプレッシャーが占める割合が逆転していたのだろう。
「自信はあったんですけど、外してしまったということはスタジアムの雰囲気に飲まれていたところもあるのかもしれない。蹴るときにキーパーが目に入って、迷ってしまって中途半端なキックになって…」
力のないキックは、西川が伸ばした右足に弾き返される。5人ずつが蹴ったなかで唯一の失敗が、明暗を分けた。うなだれる呉屋のもとに誰よりも早く駆けつけ、「前を向け」と檄を飛ばしたのが丹羽だった。
「いやいや、下を向く必要はまったくないし、PKは蹴る勇気をもった選手だけが蹴れると思うので。その勇気をもって呉屋は蹴った。チームのなかで誰ひとり、(失敗を)非難する選手はいなかったですし、むしろあの舞台にキッカーとして立てることは幸せなことだと僕は思っているので。
もちろんタイトルを取りたかったけど、みんな足をつらせながら走っていたし、ファイトしていたし、気持ちも見せられた。誰が悪い、というのはいっさいない。PK戦は、最後の最後は誰もが言う運。その運が少しだけレッズさんのほうに傾いたのかなと。後悔という思いも、まったくないですね」
■期限付き移籍が多かった苦労人
織田信長の家臣だった戦国武将、丹羽長秀の末裔である丹羽は、中学校時代からガンバの育成組織で心技体を磨いた。2004シーズンにはトップチームに昇格したが、なかなか出場機会を得られない。
2007シーズンから徳島ヴォルティス、大宮アルディージャ、アビスパ福岡と3チームに合計5シーズンも期限付き移籍。アビスパ時代の2011シーズンに、25歳にしてJ1デビューを果たした苦労人でもある。
2012シーズンからガンバへ復帰するも、なかなかレギュラーをつかめない。ピッチの内外で努力を積み重ねる過程で、メンタルを強くしたいという思いから自らに課したのが「速読脳トレ」だった。
意識的に本を速く読むことで、通常よりも大量の文字情報を送り込まれた脳を活性化させる。情報処理能力が高まった結果として、丹羽によれば「時間がゆっくりと感じられるようになった」という。
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丹羽大輝 参考画像 (c) Getty Images
レッズと舞台も同じ埼玉スタジアムで対峙した、昨年11月28日のチャンピオンシップ準決勝。丹羽は一歩間違えれば不名誉な戦犯として、日本サッカー界の歴史に名前を刻むミスを犯している。
1‐1で迎えた延長後半の終了間際。丹羽が選択したバックパスは大きく浮いてしまい、ゴールマウスを守る日本代表のGK東口順昭の頭上を、美しい弧を描きながらゆっくりと超えていく。
あわやオウンゴールで敗退の場面はゴールポストに救われ、こぼれ球を拾った東口から発動された乾坤一擲のカウンターへと早変わりする。最後は攻め上がったDF藤春廣輝が、奇跡の決勝ゴールを叩き込んだ。
ベンチで戦況を見つめていた長谷川監督はバックパスの瞬間、「丹羽がやっちゃったか」と観念しかけたという。試合後にチームメイト全員からいじられまくった丹羽は、笑顔とともにこんな言葉を残している。
「サッカーの神様がいた。日頃の行いがいいのかな」
独特の「速読脳トレ」を介して、味方が冷や汗をかくような状況でも、すべてをポジティブに受け止められる思考回路を得た。必然的に生まれた余裕が、丹羽をJ1でも屈指のセンターバックへと飛躍させている。
昨夏の東アジアカップでは、29歳にして念願のA代表デビューを飾った。J1ではファースト、セカンド、チャンピオンシップを合わせた全37試合、計3360分間にフル出場。遅咲きにして大輪の花を咲かせた。
プレッシャーを心から楽しめる、強靭なメンタル力を搭載しているからこそ、長谷川監督も天国と地獄とをわけ隔てるPK戦に臨む5人のキッカーのなかに、迷うことなく丹羽を指名したのだろう。
■「もう一回この舞台に戻ってきて、チームを勝たせる」
レッズのキャプテン、阿部が優勝カップを天高く掲げた試合後の表彰式。丹羽から「前を向け」と励まされた呉屋はピッチから目をそらすことなく、メインスタンド中段のロイヤルボックスでレッズが喜びを爆発させる光景を記憶に焼きつけていた。
「もう一回この舞台に戻ってきて、チームを勝たせるゴールを決めることが自分の責任。だからこそ、自分のなかで絶対に忘れてはいけないと思ったので」
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丹羽大輝(中央) 参考画像 (c) Getty Images
いつしか“ニワールド”と呼ばれるようになった、丹羽の独特のポジティブ思考は同じ時間を共有する後輩選手たちにも伝播。ガンバを成長させる糧になる。もちろん丹羽も、2016年10月15日を忘れない。
「あらためて、下から勝者を見あげるのは気持ち悪いと思いましたけど、自分のサッカー人生を考えたときに、今日は間違いなくいい経験になる。もっとも、最終的にいい経験と言えるかどうかは、今後の自分次第でもある。いい試合だったと、笑って振り返られるようにしたいですね。
勝てれば一番よかったけど、健太さん(長谷川監督)のもとでやっているサッカーは間違っていない。延長戦になってからはお互いに間延びしてしまったけど、90分間に限ればお互いのよさを出し合う、素晴らしい試合だった。レッズの選手がどのように感じているかはわかりませんけど、僕自身は楽しかったし、自分たちの力を出し尽せたという思いがありますね」
J1に目を移せば、今月1日の直接対決でレッズに0‐4の完敗を喫したガンバは、セカンドステージを逆転で制することも、年間総合順位で3位以内に入ることも極めて難しい状況に追い込まれた。
必然的にチャンピオンシップに出場できる可能性もゼロに近づいたが、レッズにリベンジできる舞台はまだ残されている。ホームの市立吹田サッカースタジアムで行われる天皇杯決勝。お互いに勝ち進めば2年連続で顔を会わせる元日決戦へ、強烈すぎるポジティブ思考とともに丹羽がガンバをけん引していく。