■奥久慈の双耳峰
月居山は、離れて見ると双耳峰になっているのがよくわかる。こんもりとした、いかにも里山といったおわん形の山が綺麗にふたつ並ぶ姿には可愛らしさすら感じる。だが、実際に山を歩いて見ると、その山容から受ける印象とは違い静かで渋~い山であった。
頂上付近がやや急ではあるが、そこまでは歩きやすい登山道。鞍部にある月居観音堂からは、ゴーンという鐘の音が聞こえてくる。奥久慈の自然に囲まれて、鐘の音を聞きながら山を歩くというのは何とも風情がある。

鞍部にある鐘。この鐘の音が、月居山ハイキングの渋さを増加させている
さらに、後ろ山の山頂には城跡がある。展望は決してよくない山頂だが、城跡が月居山の歴史の重みを感じさせ、実際以上に静かに感じる。厳かというか何というか、ひんやりとした空気が漂い、しっとりとした気持ちにさせてくれた。
そして、後ろ山から前山へ登り、前山を下ると袋田の滝に到着する。前山からの道が古い石段になっており、これまた雰囲気がよい。
そもそも「月」が「居る」山と書いて「月居山」なのだから、名前からして風流な山なのである。
■風流な山登り
前山の山頂を過ぎた頃であろうか。登山者の数が急に増えたことに気づく。登山者というよりも、観光客か。服装も靴も普段用。殿方の髪はパリッと整髪料で決まっているし、奥方の顔は化粧でビシッと決められている。袋田の滝の観光客がこちらまで流れてきているのだ。
彼ら彼女らは、観光ついでにちょっと登ってみるか程度の意気込みで月居山に来ているから、この先どれくらいで頂上に着くかとか、普通の靴じゃちょっと厳しいとか、もう夕暮れ間近なのに今から歩いたら真っ暗になっちゃうとか、そういう計算はまったくしていない。
だから、一応山男風の格好をしている筆者とすれ違うと、皆が皆、声をかけてくる。
「この先に何があるのですか?」
「あと何分くらいで頂上ですか?」

月居観音堂
それらの質問に最初のうちは親身になって答えていたが、あまりにもぞろぞろと観光客がやってきて同じ質問ばかりするから、だんだんと答えが適当になってしまう。
「この先? 何もないですよ」と山頂の様子の説明を省いたり、「頂上までは10分くらいかな?いや、20分くらい?40分くらいかもしれませんね」と時間の幅が広過ぎたり。
せめて「月居山の頂上には他にはない“静けさ”があるよ」とでも言っておけば、それこそ月居山に相応しい、風流な受け答えだったかもしれない。