【THE REAL】青森山田・廣末陸が貫いたハングリー精神…古巣・FC東京を振り向かせた成長の跡 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】青森山田・廣末陸が貫いたハングリー精神…古巣・FC東京を振り向かせた成長の跡

オピニオン コラム

FC東京 参考画像(2016年4月20日)
FC東京 参考画像(2016年4月20日) 全 5 枚 拡大写真
■世界有数の豪雪地帯で受けた感銘

身長が足りないから、上のステージへは進めない――。Jリーガーになり、いずれは世界で勝負したいと夢見ていた15歳の少年が受け入れるには、あまりにも残酷な響きをもつ言葉だったはずだ。

FC東京U‐15深川でゴールマウスを守っていた廣末陸は、中学3年生だった2013年の夏すぎに、FC東京U‐18へ昇格することができないと告げられる。理由は180センチに届かない身長だった。

昇格を勝ち取ったのはチームメイトで、現在はフランス1部リーグ・ロリアンの下部組織でプレーする山口瑠伊と、FC東京U‐15むさし所属の波多野豪。前者は180センチ、後者は実に190センチを超えていた。

たかが身長、されど身長。ゴールキーパーというポジションゆえに、絶対的な「高さ」が必要なのは理解できた。それでも、胸中に渦巻いたあの悔しさだけは、絶対に忘れることができない。

「見返してやりたい、という一心でずっとやってきました。選手権で優勝して、高卒でプロになろうと」

臥薪嘗胆の誓いとともに、高体連のチームに進むことを決めた廣末は、日本どころか世界でも有数な豪雪地帯、青森市へまず足を運ぶ。運命に導かれたのか。青森山田の練習に参加した瞬間、心は決まった。

「実を言うと、最初は選択肢のなかにまったく入っていなかったんです。ただ、青森山田の練習の雰囲気がすごくよくて。サッカーに対する思いが本当に強いチームだと感じたので、すぐに決めました」

廣末自身、寮で生活できる環境を望んでいた。親元を離れることで、精神的に自立しいと考えていたのだろう。加えて、青森山田は1997年度大会から選手権に連続出場している、全国に最も近い存在だった。

「プレミアリーグにも参加しているし、総合的に考えて、ここしかないだろうと」

Jクラブのユースをまじえて、2011年に全国規模で発足した高円宮杯U‐18サッカーリーグ。その最高峰に位置するプレミアリーグEASTを青森山田はキープし、ハイレベルな戦いを繰り広げてもいた。

■積雪1メートルの銀世界との共生

崇高な志と成長に対する貪欲な思いを抱いて東京から入学してきた廣末を、1995年から青森山田を率いてきた黒田剛監督はすぐにレギュラーにすえた。当時の指導方針を、指揮官はこう振り返る。

「彼のハングリー精神を私たちがしっかりと理解して、評価して、いい方向へベクトルを向けさせる。そういう作業を一日24時間、365日のなかでやっていこうと。彼自身もそこに対して真摯に向き合ってくれたことが、その後の伸び率につながっていると思います」

もっとも、覚悟を決めていたとはいえ、初めて迎えた冬に目の当たりにした銀世界は衝撃的だった。積雪量が1メートルを超えたなかで、他の部員たちは何事もなかったかのように練習する準備を整えている。

「体育館で練習するのかなと思っていたら、雪のうえを走る、それが伝統だと言われて。雪のうえでの練習はきついという思い出しかないけど、厳しい環境のなかでただひたすらもがいて、もがき続けて、自分の限界を作らずにチャレンジし続けてきたことで、ここまで成長できたのかなと」

人間の力を越えた時点で、黒田監督は雪かきをあきらめる。雪のうえで大人数によるゲームを課し、走り回ることで固めていく。負けたチームは、隣接する野球場に積もった新雪を走り回る罰走を課される。

「そんなゲームを20セット、30セットとやる。雪が1メートルも積もってしまえば、もうスコップが入っていきませんからね。春が訪れて、雪解けの季節を迎えたころに、私たちのスイッチも入るんですよ」

雪は敵ではなく、心と体を成長させてくれる最高のパートナーだと黒田監督は笑う。実際、冬の間に足腰は鍛え上げられ、キックの飛距離やパワーが飛躍的に増す。廣末も懐かしそうに雪解け後の心境を振り返る。

「筋力面での実感もそうですけど、サッカーができる環境への感謝の気持ちがものすごく大きくなった。嬉しさから、常に120パーセントのパフォーマンスで試合や練習に臨むことができたんです」

■正確無比なキックが導いた2ゴール

心身ともに充実した日々で、廣末は己のストロングポイントを徹底して磨いた。自分にあって、同世代のライバルにないもの。それは正確無比で、何種類ものバリエーションをもつキックだった。

小学生時代はフォワードで、PK戦になるとゴールキーパーを務める「二刀流」だった。FC東京U‐15深川へはゴールキーパーとして加入したが、フォワードの経験を生かした特異な練習を毎日のように課した。

「練習前と練習後に、シュートをひたすら打ちまくっていました。ボールをしっかりミートすることは、キックにおいてすごく大事なので。ペナルティーエリアの外から狙った場所に強く打つこともあれば、ときには巻いて蹴ることもありました。高校でも時間があればやっていましたね」

前橋育英(群馬)を5‐0で撃破して、22回目の挑戦にして悲願の初優勝を果たした第95回全国高校サッカー選手権大会決勝。廣末の右足が輝きを放ったのは、2点リードで迎えた後半だった。

決勝の舞台となった埼玉スタジアム2002
(c) Getty Images

前半に味方と接触し、左足のつけ根を痛めたこともあって「高いボールを蹴るのは難しかった」という。不安を抱えるなかで低く、速いボールを選択し、得点王となったFW鳴海彰人(3年)の2発を演出した。

自陣のゴール前から長いボールを蹴るとき、セカンドボールを拾いやすいように、味方のラインを十分にあげてからモーションに入る。しかし、決勝戦の後半はいずれも間髪入れずに右足を振り抜いた。

「そういうときは、勝負をかけているんです。自分が『ここだ』と思ったときには、ラインを上げることなく、ピンポイントで味方に合わせるので。監督からは『剣を必ず隠しもて』と言われてきました。リードしていても守るだけではなく、ダメ押し点を取ることを忘れるなと。それを実践できました」

雪上トレーニングの成果で、最長飛距離も75メートルにまで伸びた。それでも「距離が出るとコントロールでミスが出るので」と、貪欲なまでに二兎を追い求めている。

■努力で培った実力で振り向かせた古巣

もちろん、昨年はU‐19日本代表にも選出された廣末の武器はキックだけではない。決勝戦の前半16分。前橋育英のFW人見大地(3年)に抜け出され、1対1の状況を作られた。

この時点でスコアは0‐0。先制されていたら、結果はどうなっていたか。絶体絶命のピンチで、廣末は3年間で積み上げてきた基本を思い出し、冷静沈着に完遂した。

「相手があまり僕のことを見ていなかったので、しっかりステイして構えながら反応すれば大丈夫かなと。この3年間は相手との距離感やポジショニングを特に意識してきた。それを決勝で、しかも勝負の分かれ目で出せてよかったと思います」

体こそ右にやや傾いたものの、しっかりと残した左足で人見のシュートを完璧に弾き返す。流れを大きく引き寄せる守護神のビッグセーブに、黒田監督も唸るしかなかった。

「廣末は舞台が大きくなればなるほど乗る男。あの勝負度胸は、本当にたいしたものです」

プレミアリーグEASTでも優勝がかかったFC東京U‐18との最終戦、WESTを制したサンフレッチェ広島ユースとのチャンピオンシップを連続完封。PK戦にもつれ込んだ後者では相手の1番手を止め、自ら4番目で成功させて高校年代の日本一を手繰り寄せた。

いま現在の身長は184センチ。Jクラブからも熱い視線を送られる存在となったなかで、卒業後はFC東京に加入する。かつて門を閉ざされた古巣を、実力で振り向かせたことになる。

卒業後はFC東京へ
(c) Getty Images

「再び必要とされたことは嬉しいですけど、そこで終わることなく、FC東京の力となれるように。まだまだ全体的に底上げしていく必要がありますけど、プロの世界では年齢やルーキーうんぬんは関係ないと思うので。遠慮することなく、自分にできることを精いっぱいやって結果を残していきたい」

190センチの大久保択生、196センチにまで伸びた波多野、ハリルジャパンにも選出された195センチの林彰洋。大柄なライバルたちへ、研ぎ澄まされた伝家の宝刀と高校二冠の肩書をひっさげた廣末の新たな挑戦は、FC東京が始動する15日から幕を開ける。

《藤江直人》

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