【THE SPIKE】侍ジャパン・内川聖一、WBCの“天国と地獄を経験した男”が抱く3つの想い | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE SPIKE】侍ジャパン・内川聖一、WBCの“天国と地獄を経験した男”が抱く3つの想い

オピニオン コラム

内川聖一 参考画像(2016年11月10日)
内川聖一 参考画像(2016年11月10日) 全 5 枚 拡大写真
3月7日に開幕する「第4回ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)。大会まで約1ヶ月と迫り、いよいよ決戦までのカウントダウンが始まった。

毎回、同大会の前にはさまざまな問題が生じている印象があるが、今回もここに来て大きな問題が発生。今大会の野球日本代表・侍ジャパンの顔として、投手陣のローテーションの柱として、日本中の野球ファンが熱い期待を寄せていた大谷翔平(日本ハム)が、右足首のケガの状態が思わしくないことを理由に辞退した。

大会を乗り切るために描いていたプランの中で、間違いなく大谷の存在は大きかったはずだ。投手陣の柱を失った侍ジャパンだが、大会はもうすぐそこまできている。王者奪回に向けて止まっている時間などない。

今回、WBCに出場するメンバーの顔ぶれを見ると、前回大会に比べてだいぶ若がえった印象だ。

投手でいえば藤浪晋太郎(阪神)、松井裕樹(楽天)、野手でいえば山田哲人(ヤクルト)、筒香嘉智(DeNA)、鈴木誠也(広島)といった選手。彼らは少年の頃に日本代表がWBCで優勝する勇姿を見て育った世代。

昨秋に行われたオランダ・メキシコとの強化試合でのヒーローインタビューの際、「ずっと侍ジャパンのユニホームを着て活躍したいと思っていたので」という鈴木のコメントがそれを表している。それぞれに熱い想いを抱き、決戦のときへ向けて着々と準備を進めている。

そんなメンバーの中で、この大会に並々ならぬ想いを抱く選手がいる。おそらく誰よりも世界一の喜びを知り、誰よりも日の丸を背負う重さ、大会の怖さを知っている男…。常勝チーム・福岡ソフトバンクホークス不動の4番・内川聖一だ。

■2009年に味わった、世界一の歓喜

内川が初めてWBCに参加したのは2009年に行われた第2回WBC。当時シアトル・マリナーズのイチロー(現マイアミ・マーリンズ)の劇的なセンター前への適時打により、決勝で韓国を破り、歓喜の連覇を達成した大会だ。

この大会の前年、内川はNPB(日本プロ野球)右打者史上最高打率となる打率.378を残し、堂々の侍ジャパン入りを果たした。

初戦の韓国戦では6番で先発。1回表に韓国・先発の金廣鉉(キム・グァンヒョン)から貴重な追加点となる適時打を放つなど、当時の侍ジャパンを率いていた原辰徳監督の期待に応えた。

韓国との初戦で貴重な適時打を放つ
(c) Getty Images

決勝の韓国戦では、試合中盤で先発の岩隈久志が一発を浴びて同点とされて韓国に流れが傾きかけたところを、次の打者の打球をスライディングキャッチして左翼から素早く二塁に送球。走者を間一髪のところでさして流れを渡さなかった。気迫のこもったプレーで侍ジャパンを牽引した。

あのイチローの適時打が生まれた延長10回表には、内川は先頭打者で出塁している。「(9回裏に韓国に追いつかれたけれど)自分が塁に出れば必ず勝てると思っていた」と当時の内川は語っている。

こうして同大会の内川の活躍をいくつか拾ってみるだけでも、いかに内川が第2回WBCの優勝に貢献したかが分かる。内川がメンバーにいなかったと思うと今でもゾッとする。それほどの活躍を見せた。

WBC二連覇達成、歓喜の瞬間
(c) Getty Images

内川はこの時のことを「野球の一番素晴らしいところを見せてもらった」とし、自身の野球人生のターニングポイントになったことを語っている。

■2013年は「僕のワンプレーで世界一を逃した」

内川は2013年の第3回WBCにも出場。前大会優勝経験者としての期待も受け、打線の中軸を担い打率.348を残すなど活躍した。

しかし、3連覇の期待を受けて準決勝に進出した侍ジャパンは、プエルトリコの前に1-3で屈することになる。その試合で、敗北の責任を一身に背負い、大粒の涙を流したのが内川だった。

終始プエルトリコのペースで試合は進み、好機らしい好機をつくれずにいた侍ジャパン。しかし、8回に千載一遇の好機を迎える。1死一、二塁とし、打席には4番の阿部慎之助(巨人)。

この時、一塁走者は内川で二塁が当時中日の井端弘和(現巨人・内野守備走塁コーチ)。ダブルスチールのサインが出ていたのかどうかは定かではないが、一塁走者の内川だけが飛び出し、井端はスタートを切らなかった。結果は一、二塁間で挟まれてタッチアウト。

試合後、当時の山本浩二監督は8回のダブルスチールについて、「投手のモーションが大きいのは分かっていた。チャンスがあれば走って行くとミーティングで話をしていた」と明かした。

積極果敢に次の塁を狙うもタッチアウト
(c) Getty Images

このワンプレーでこの試合唯一ともいえる好機を逃してしまった侍ジャパンは、最終回には好機を作ることもできず、プエルトリコに敗れた。試合後、内川はまるで自分がすべて悪いかのように責任を感じ、号泣した。

「日本からたくさんの応援をいただいていたと思いますし、勝ってほしいって思って応援してくれたその人たちに…。その気持ちを全部自分が終わらせてしまったような気がして、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と話すと、涙で言葉が続かなかった。

内川はこの時のことを「野球の一番キツいところを見せてもらった」とし、「世界一の悔しさ」とも話している。もう一度世界一の歓喜を味わいたい……。リベンジのときは、すぐそこまで来ている。

■師弟関係の鈴木誠也ら、次の世代への侍魂の継承

内川のモチベーションをよりいっそう奮い立たせる存在が、昨年大ブレイクを果たした広島の鈴木誠也の存在だ。2016年に初めて合同自主トレを行い、打撃を指導した鈴木が打率.335、29本塁打、95打点、16盗塁という想像以上の活躍。広島の25年ぶりの優勝に大きく貢献した。

昨秋の強化試合では満塁弾を放った鈴木誠也
(c) Getty Images

2017年も2年連続の自主トレを宮崎県日向市で敢行しており、2人の師弟関係には昨年以上の大きな注目が集まっている。

そして2人は、ともに外野手枠でWBCに出場する侍ジャパンのメンバーに名を連ねている。鈴木にとって、同大会には過去2回出場している内川の存在は大きく、内川にとっても鈴木の存在は大きな刺激になるだろう。

内川は34歳、鈴木が22歳であり年はひと回りも違う。第2回WBCに出場していた内川の活躍を、鈴木は中学時代に見ていたことになる。強いチームは若手とベテランがうまい具合に融合している。内川の経験と鈴木の「神ってる」ほどの勢いは、侍ジャパンの大きな武器になるはずだ。

内川は日の丸をつけて戦うことの重みとプレッシャーについて「背負うものの大きさが普通とはかけはなれている」と語る。侍としての誇りを次の世代に継承する役割も担うことになる。

2013年に流した涙を、2017年の歓喜へ…。誰よりも王者奪回を望む男・内川聖一の魂のプレーを目に焼きつけたい。

《浜田哲男》

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