【THE REAL】異能のストライカー佐藤寿人の想い…J2名古屋グランパス移籍と大久保嘉人へのエール | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【THE REAL】異能のストライカー佐藤寿人の想い…J2名古屋グランパス移籍と大久保嘉人へのエール

オピニオン コラム

佐藤寿人 参考画像(2012年12月6日)
佐藤寿人 参考画像(2012年12月6日) 全 4 枚 拡大写真
■12年ぶりに決断した4度目の移籍

紫色のユニフォームに身も心も染まっていただけに、ちょっとした違和感を覚えているのか。あるいは、35歳になるシーズンで、新天地でゼロからのスタートを切った充実感が体中にみなぎっているのか。

J3を含めた54のJクラブの監督と中心選手が一堂に会して、13日に東京国際フォーラムで開催されたキックオフカンファレンス。佐藤寿人は名古屋グランパスを代表して、風間八宏監督とともに出席した。

紫を基調としたサンフレッチェ広島のユニフォームではなく、グランパスの赤いそれに身を包み、柔和な笑顔を浮かべながら、顔を会わせるメディアや関係者へ逆に問いかけるシーンもあった。

「どうですか?似合いますか?」

ジェフユナイテッド市原(当時)のユースから、トップチームに昇格したのが2000シーズン。2年間で出場22試合、2得点に終わると、より長いプレー時間を求めてセレッソ大阪に移った。

しかし、春先に四肢に力が入らなくなるギラン・バレー症候群を発症して出遅れる。幸いにも完治したが精彩を欠き、シーズン終盤の天皇杯で4試合に出場して3ゴールと才能を開花させはじめる。

翌2003シーズンは、天皇杯のパフォーマンスを高く評価してくれたベガルタ仙台へ期限付き移籍。完全移籍に切り替えた2004シーズンを含めて、ようやく満足できる結果を残すことができた。

そこへ届いたのが、サンフレッチェからのオファーだった。残留を要請されたベガルタとの間で悩み抜いた日々の末に、3度目の移籍という決断を下してから実に12年もの歳月がたった。

サンフレッチェであげたJ1におけるゴール数は150。通算のそれが161だから、実に93パーセントに達する。やっと出会った理想の居場所を去るのだから、こんな思いを抱いても不思議ではない。

「いままでの移籍とは全然違いますね。サッカー人生をかけて、というところで」

サンフレッチェであげたゴールは数知れず
(c) Getty Images


■移籍を決断させたグランパスの熱意

グランパスへの完全移籍が発表された昨年11月21日。サンフレッチェが発表した公式リリースのなかで、佐藤は残留を強く要請してくれた古巣への偽らざる思いを綴っている。

「ホームでのFC東京戦で敗れ、チャンピオンシップ出場の可能性が消滅したとき、チームのチカラになれなかったことが悔しく、来シーズンはどんな役回りでもやり、広島での現役生活をまっとうしようと考えていました」

昨シーズンは19試合に出場して4ゴール。先発はわずか7度だった。全34試合に先発して、12年連続二桁得点となる12ゴールをマーク。年間チャンピオン獲得に貢献した前年から大きく数字を下げても、なすべき仕事があると自らに言い聞かせていた。

一方で18年目を迎えたプロ人生で、J2での戦いを3度経験している。セレッソ、ベガルタでの2年目、そしてサンフレッチェのJ2降格が決まった直後の2007年12月にも、ホームのゴール裏を埋めたサポーターの前で、涙ながらに残留を表明している。

J2の戦いの厳しさ、J1とは違った異質さは身を持って経験している。そして、昨シーズンのオフ。クラブ史上初のJ2降格を喫したグランパスから、予想もしなかったオファーが届いた。

35歳になる自分を、グランパス再建のために必要だと言ってくれた熱意が背中を押した。アスリートの本能とも呼ぶべき思いがどんどん頭をもたげてきた過程を、佐藤は件のリリースでこうも綴っている。

「自分のなかで選手としてまだまだ戦いたい、勝ちたい、ゴールを決めたい、チームのために体を張りたい、自分のためにチャレンジしたい、という気持ちが強く、移籍を決断しました」

1年でJ1へ、本来いるべきステージへグランパスを戻す。自らのゴールに大いなる期待と責任とがかかってくるからこそ、「サッカー人生をかけて」という言葉が口を突いたのだろう。

■個人記録よりも大切にしてきたこと

昨年3月6日。グランパスとのファーストステージ第2節でシーズン初ゴールを決めて、通算157ゴールで並んでいた中山雅史(アスルクラロ沼津)を抜いて歴代単独1位に浮上した。

もっとも、その後は足踏み状態が続く。追走してきた大久保嘉人(当時川崎フロンターレ、現FC東京)に並ばれ、追い越された。いまでは10点差をつけられる2位となったが、まったく意に介さない。

「個人の記録なんて考えていないし、考えているのならば(J2へ)移籍しないでしょう」

J2でプレーした延べ3年間がJ1だったとしたら、数字も大きく変わっていたかもしれない。それよりも自らを最も必要としてくれるチームで、常にベストを尽くしてきた。ぶれないスタンスはいまも変わらない。

フロンターレで4年間にわたって指導を受け、30歳を超えて成長させてくれた風間八宏氏がグランパス監督に就任したことで、佐藤に新たな化学反応が起こると大久保は期待している。

己もグランパスも、本来いるべきステージへ…
(c) Getty Images

「風間さんが監督になって、あのサッカーをやればもっと得点が取れるようになるだろうしね」

ならば、佐藤は切磋琢磨してきたよきライバルへ、どのような思いを抱いているのか。「僕から言う必要はないでしょう」と苦笑いしながらも、今シーズンのFC東京で楽しみな点がひとつあると打ち明ける。

「(高萩)洋次郎が入ったことで、(大久保)嘉人とホットラインがつながると期待しています。実際に洋次郎のパスを受けてきた身としては、嘉人にとって最高のパートナーになるんじゃないかと思います」

ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ、FCソウルをへて、3年ぶりにJリーグへ復帰した高萩洋二郎とは、サンフレッチェでトップ下に定着した2008シーズンから、7年間にわたってコンビを組んできた。

異国の地でもまれた30歳の司令塔は、さらにパスの配給能力を高めているはずだ――。まるでファンのような感覚で、FC東京で初めて実現するコラボレーションに目を細めた。

■「1年でJ1復帰」の先に見すえるもの

新チームが始動してすぐに、キャプテンに指名された。エースストライカーとしてだけでなく、精神的支柱としても昨シーズンから陣容が大幅に入れ替わったグランパスをけん引していく。

「選手としてどうあるべきか、ということしか考えていなかったので…ただ、そう言っていただけると選手としてもありがたいし、まずはどれだけピッチのうえで結果を残せるか、というところだと思っている」

風間監督が掲げるサッカーは、独特の思考を求められる。たとえ相手選手にマークされていても、味方同士が「パスが通る」と思えばフリーとなる。概念を根底から変えるから、体だけでなく頭も疲れる。

大久保は良きライバル・佐藤の再起に期待
(c) Getty Images

「僕だけでなく、多くの選手が学べていると感じますね。本当に日々学ぶことだからけだし、経験を重ねている自分がそう思えるのであれば、若い選手たちはもっともっと伸びるんじゃないかと思います」

個人のタイトルとチームのタイトル。二者択一となったら、大久保は迷うことなく後者を選んだ。想いは佐藤も変わらない。2018シーズンをJ1に復帰して戦うだけでなく、その先までをしっかりと見つめる。

「J1へ戻ることだけが、僕らがやらなきゃいけないことではない。自分たちがどこを見て進むのか、ということをまずは大事にしたい。個を高める、というのは選手にとって当たり前の作業。プラスアルファして、言動がどれだけチームのことを考えられるか。それを終盤まで継続できれば、もっといいチームになる」

2010シーズンにJ1の頂点に立ちながら、まさかの捲土重来を余儀なくされたグランパス。一方のFC東京はカップ戦こそ3度制しながら、真の実力が問われるリーグ戦のタイトルにはいまだ手が届かない。

ともに小さな体に稀有な得点能力を搭載。ゴールを積み重ねてきた2人の異能なストライカーは慣れ親しんだ居場所をあえて飛び出し、異なるカテゴリーで新天地を新たなゴールへ導くための戦いに身を置く。

《藤江直人》

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