1枚160万円!?1964年のオリンピック入場券は異常な人気…2020年に向けて | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

1枚160万円!?1964年のオリンピック入場券は異常な人気…2020年に向けて

オピニオン ボイス

東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム
東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム 全 1 枚 拡大写真
1963年3月10日の読売新聞朝刊には、オリンピック入場料の原案が掲載されている。開会式は500円~8000円、競技の最低料金は300円と設定されていたようだ。当時の金額だと肌感として掴めないので、この時代の大卒初任給を見てみよう。

厚生労働省によると、1964年時の大卒の初任給は21,200円。一般財団法人労務行政研究所によると、2016年度の初任給は大卒21万313円なので約10分の1だ。とすると、当時の大卒の人々から考えると感覚的に開会式のチケットは5,000円~80,000円程度だったとざっくり考えていいだろう。(大卒の数は割愛)

これらの価格は、過去のオリンピック大会の入場料などを参考にして決められたもの。原案では全競技を通し260万枚のチケットが販売予定で、12億5000万円の収益を見込んでいたと書かれている。

ところが、結論から述べると前東京オリンピックの入場料収入は、18億7100万円だった。見込みよりおよそ1.5倍の収入だ。チケットが予想よりも非常に売れた大会だったと考えていい。クレー射撃、ヨット、カヌー、フェンシング、水球などのいわゆるマイナースポーツでも発売枚数の90%が売れたのだという。ほとんど限界値に近い収入だった。

1964年10月11日の朝日新聞朝刊には、オリンピック観光客のデンマーク人夫妻がオリンピックの開会式、閉会式、サッカーなどの入場券40枚が入ったカバンを車に忘れ、無事に戻ってきたニュースが報じられている。これはあくまで事件としての報道だが、40枚ものチケットを事前購入し東京にやってきたこの夫妻のように、大量にチケットを購入した外国人観光客も多かったのだろう。

これだけチケットに人気があれば、当然のごとくダフ屋のような存在が現れ、値段は釣り上がる。

取引先の接待用に、どこの会社も血眼になってオリンピックの入場券を追いかけた。オリンピックの組織委員会では、開会式、閉会式の入場券だけはできるだけ公平に国民に配布しようとハガキ抽選により購入できるシステムを採用したが、集まったハガキは360万枚。

このうち販売されたのは6万枚で、そのうち2万円は海外で販売され、1万枚は招待客や定期預金の景品に使用され、国内一般向けに販売された座席はおよそ3万枚。これらの入場券は、法外な闇値で取引されていた。

最高額は開会式、定価の20倍の16万円。(現在の感覚だとおおよそ160万円か)他は、重量挙げ、バレー、柔道、レスリング、体操などの人気種目が5、6倍の値段で売り出されていたという。

ちなみに私はリオデジャネイロ五輪を観戦したが、競技によっては前日、下手したら当日券も並ばずに買えるような競技もあった。(私は日本男子団体卓球チームが銀メダルを獲得した瞬間、日本女子団体卓球チームが銅メダルを獲得した瞬間を当日券購入で観戦していた)

こうした例と比較すると、当時の異常な競技人気のほどがうかがえる。果たして2020年の東京五輪ではどうなるだろうか。まだチケット額は正式発表されていない。

リオデジャネイロ五輪では国際オリンピック委員会(IOC)の理事ら10人がダフ屋行為などの罪でブラジル検察に起訴された。チケットは9割以上が売れたのに、空席が目立つ会場もあった。会場周辺には常にダフ屋がうろついていた。

これらの反省も受けて、2020年東京五輪・パラリンピックではチケットを買った人が行けなくなった場合、定価で希望者に譲れる仕組みを設けることが大会組織委員会によって発表されている。この仕組みによって、不当な買い占めによる高額転売を防ぐ効果、完売なのに空席が出るのを防ぐ効果が期待されている。

・参考資料
『読売新聞』1963年3月10日
『朝日新聞』1964年10月11日
『週刊新潮』1964年09月28日
小川勝『オリンピックと商業主義』 集英社新書

《編集部》

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