新天地・川崎フロンターレで、初めて「これだ!」と感じたのがちょうど20日前。手応えが大きくなるにつれて、阿部浩之はピッチのうえにおける存在感を揺るぎないものにしている。
心のなかでガッツポーズを作った5月5日のアルビレックス新潟戦から、リーグ戦では3試合連続ゴールをマーク。キャプテンのFW小林悠と並び、通算4得点でチームのトップに立った。
そして、23日に敵地タイで行われた、ムアントン・ユナイテッドFCとのACL決勝トーナメント1回戦のファーストレグ。2‐1とリードして迎えた後半44分に、ダメ押しの3点目を叩き込む。
ホーム&アウェイ方式で行われる戦いにおいて敵地で先勝し、なおかつ3ゴールを奪う完璧な勝利をもぎ取った。アウェイゴール数を考えれば、阿部が決めた3点目の価値は計り知れないほど大きい。
ホームの等々力陸上競技場に舞台を移す30日のセカンドレグ。フロンターレが勝つ、あるいは引き分けた場合はもちろんのこと、負けてもスコアが1点差や、最悪、0‐2となってもベスト8に進出できる。
奈良県で生まれ育ち、大阪桐蔭高校、関西学院大学をへて2012シーズンにガンバ大阪へ加入。5シーズンにわたってプレーした阿部はこのオフ、自らの強い希望でフロンターレへ移籍した。
「生まれも育ちも関西なので、こっちに来るのが不安でしかたがなかった」
自虐的なジョークでサポーターを笑わせたのは、1月下旬の新体制発表会。いまでは長くフロンターレでプレーしているかのように、小林や大黒柱のMF中村憲剛と息の合ったコンビネーションを魅せている。
5月に入ってからのフロンターレは、ACLを含めた公式戦で5戦全勝。そのうち4つで相手を完封した。攻守が完璧なハーモニーを奏でている中心に、7月に28歳になる阿部がいる。
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際立つ存在感、既にチームの中心に
(c) Getty Images
■フロンターレらしさを感じたアシスト
存在感を増すきっかけとなったアルビレックス戦。1ゴール2アシストと全得点に絡む大活躍を演じ、試合後に呼ばれたお立ち台で「やっと馴染めました」と照れながら叫んだ。
「サポーターが笑ってくれるかな、と思ったのもありますけど。ゴールシーンで馴染めたのは、ホンマに初めてでした。チームにはずっと前から馴染めていますけどね」
大観衆の前で笑いを取ろうとするほど阿部を高ぶらせたのは、後半30分に決めた自身のゴールではない。後半開始早々に飛び出した小林の追加点に、フロンターレの“らしさ”が凝縮されていたからだ。
敵陣の左サイドでボールを奪ったMF長谷川竜也が、縦へドリブルを開始する。1点リードで迎えたハーフタイム。阿部はこんな注文を長谷川から受けていた。
「僕がドリブルをしたときには、中へ入ってきてほしい」
後半開始早々に長谷川がドリブルを仕掛けた場面では、阿部はファーサイドにいた。そして次の瞬間、導かれたかのように中央へポジションを移していく。
「(長谷川)竜也がドリブルをしながら、チラッと僕を見たので。前半はあまり中へ入れなかったけど、あの場面では僕が動き出したらいいボールが出てきた」
ドリブルで敵陣へ迫った長谷川が、4人もの相手を引きつけながら阿部へ横パスを送る。このとき、パスコースを横切るように、オフサイドにならない絶妙のタイミングで小林が縦へ動き出していた。
「(小林)悠君は常にいい動き出しをするので、練習のときから見るようにしている。あの場面でも合わせるだけというか、悠君の特徴を殺さないようなパスを出すだけでした」
ワンタッチで軽やかに出したスルーパスが相手守備陣を翻弄し、走り込んだ先で小林が鮮やかに右足をヒットさせる。勝負を決める2点目が生まれた。
■完璧なアシストにも百点満点は与えない
個人技とパスワークが融合されるなかで相手を惑わせ、最後は“3人目の動き”からゴールを奪う。敵として何度も見せられ、憧憬の念を抱いていたフロンターレのサッカーに関われたことが嬉しい。
「何人かがイメージを共有できたからこそのゴールやったと思う。3点目もサイドから崩して、人もボールも連携して動いて、というのを繰り返して生まれたけど、スピード感は2点目のほうがありましたね」
もっとも、目標をひとつかなえれば、次なる高みを目指したくなるのが人間だ。笑顔で「馴染めた」と位置づけているアシストにも、阿部は百点満点を与えてない。
「あと何個か選択肢があれば。あの場面で僕が悠君以外の選手にパスを出して、ゴールするイメージができたらもっといい。あのときは悠君しかいなかったので、そこにもう一人入ってくる状況を作れれば」
ガンバ時代は「肉団子」なるニックネームで愛された。170センチ、69キロの重量感あふれるボディだけが理由ではない。衰えを知らない運動量とハードワークで、熱く激しくピッチを駆けまわったからだ。
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ガンバ大阪在籍時代
(c) Getty Images
J1だけでなくナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)、天皇杯の国内三大タイトルを独占した2014シーズン。阿部は7ゴールをあげた攻撃面だけでなく、守備でも献身的にチームを支えた。
主戦場は2列目の右サイド。背後の右サイドバックのヘルプも怠らず、まさに自陣と敵陣のペナルティーエリア、距離にして約70メートルを何度も疾走する姿に、長谷川健太監督が思わず目を細めたこともある。
「ウチにとって欠かせない選手。日本代表に入る力もあると思う」
大学時代に「最も自分のスタイルに合わなかった」というガンバを選んだのは、自らの可能性を広げるためだった。5年間で4つのタイトルを獲得したガンバでの日々に満足することなく、新たな挑戦を選んだ。
■二兎を追い求める新天地での挑戦
フロンターレにおける目標は明確だ。二兎を貪欲に追い求めて、悲願の初タイトルをもたらすこと。具体的には「僕のよさを消すことなく、フロンターレのサッカーを取り入れたい」となる。
そして、阿部のよさとはワントップ、ツートップの一角、中盤の左右の両サイドなど、すべての攻撃的なポジションをハイレベルで務められることだけにとどまらない。
J2への降格圏に低迷した前半戦の低空飛行から一転、鮮やかなV字回復を遂げてJ1を制した2014シーズン。ガンバのキーワードは「守備」だった。
後半戦の20試合で、許した失点はわずかに12。零封した試合が前半の「3」から「11」にまで急増したなかで、阿部も「いい試合をしても、失点したらガクッとなるので」と守備面でも体を張り続けた。
敵として対峙してきたからこそ、華麗なサッカーを武器としながら肝心な試合を落とすなど、勝負弱さを露呈してきたフロンターレへの処方箋もイメージできている。
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勝者のメンタリティーを宿す
(c) Getty Images
「いい試合をした後に負けるとか、そういう波のあるゲームをできる限りなくして、試合内容が悪いなりにも勝っていけるチームにしたい」
その第一歩が、無骨でもいいから相手を零封すること。さらにいえば、もし失点しても追加点を与えないこと。ムアントン戦では前半終了間際に先制されながら、その後を耐えたことが後半の逆転劇を導いた。
迎えた44分。小林が味方とのワンツーで右サイドを抜け出した瞬間に、阿部は手招きしながら逆サイドをフリーで疾走していた。自らもシュートを打てた小林が選択したのは、阿部へのパスだった。
土壇場で示した選択肢の多さは、まさに阿部が追い求めていたもの。昨シーズンまでにない、泥臭い強さを発揮しているフロンターレの中心で、勝者のメンタリティーを宿す阿部の背中がどんどん眩くなる。