【山口和幸の茶輪記】巡礼の旅はツール・ド・フランス発案の原点だった | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【山口和幸の茶輪記】巡礼の旅はツール・ド・フランス発案の原点だった

オピニオン コラム
地平線の向こうまで歩いていく巡礼者たち
地平線の向こうまで歩いていく巡礼者たち 全 15 枚 拡大写真
フランス中南部のル・ピュイアンブレは、第15ステージのゴール、休息日、第16ステージのスタートと3日間もツール・ド・フランスを迎えてお祭り騒ぎだった。

この町は歩きにくい石畳の道路が特徴だが、フランス中央部から敬虔なキリスト教徒が集まる。フランス国内に4つある巡礼路の出発地点だからだ。

エルサレム、バチカンとともにキリスト教の三大巡礼地として知られるスペインのサンチャゴデコンポステーラに向かう出発点。巡礼者はこの地からスペイン北西部にある聖地を目指す。Googleマップで調べたら距離1267km。1日25km歩くとして50日かかる。といっても最近は途中の一部分を歩いたり、あるいは徒歩よりも4倍ほどの距離が稼げる自転車を利用する人もいるという。

ツール・ド・フランス取材時にはル・ピュイアンブレから西に80kmほど離れた宿しか取れなかったので、3日間は長距離出金を余儀なくされた。でもそのおかげで、巡礼者が歩く姿や彼らに休息の場を提供する宿を目撃することができた。

エタップ(宿場町)に入ると、路面に聖地の象徴であるホタテマークが出現

ル・ピュイアンブレからサンチャゴデコンポステーラに向かって40km。象徴であるホタテ(フランス語でサンジャック)とエタップのマークが道路上にペイントされていた。時速4kmで歩いて10時間。頑張り屋なら宿に泊まるあたりだ。エタップとは宿場町のことで、日本ではステージと訳されているが、東海道五十三次のように旅人を迎える旅籠が軒を並べる町である。。

巡礼宿はホタテのイラストが入った青い看板を掲げているのでよく分かる。森林や牧草地を突っ切る小径があって、それらはホームページに掲載されてルートの目安となっている。彼らの格好を見ているとお遍路さんというより登山者で、次の町に着くまでの食料と水分をバックパックに詰め込んでいく。体力と精神力がないとつとまらない大冒険だ。

左が聖母マリア像、右がノートルダム寺院

出発地ではボクもキリストを抱いた聖母マリアの像まで行ってきた。火山活動でできた奇岩の頂点に建てられた聖母マリア像。石段を登り、頂上に到着するとマリア像があって胎内に入れる。最初はらせん状の石階段だが、それが心もとない鉄製になり、最後は細いハシゴで頭の部分に登れるんだけど、風で揺れるので脚がガクガクする。

スペインのサンチャゴデコンポステーラまで歩いていくというフランス人の2人にも荒涼たる大草原のど真ん中で会った。この地平線の向こうまでひたすら歩き続けるという。2人はとっても元気で、「行ってくるね。キミも頑張ってね」と言ってくれたけど、彼らは出発しておそらく2日目の朝。道のりはまだ果てしない。

フランス人の2人は、全行程を歩いてサンチャゴデコンポステーラを目指すという

欧州文化の象徴である巡礼の旅は世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランスにとてもよく似ている。ゴールの町を宿場(エタップ)として、全力でひた走る。それはまさにカトリックの巡礼の旅を模したものとも言える。

だから、ツール・ド・フランスは欧州文化そのものなのだ。そして箱根駅伝のように、区間によって浮き沈みがあったり、涙ながらにタスキが途絶えたりなどと日本人が好む要素が盛りだくさんだ。日本でツール・ド・フランスの魅力にとりつかれた人が増えているのも当然なのである。

《山口和幸》

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