無我夢中で決めた驚異のミドルシュート
頭のなかが真っ白になる。至福の喜びが全身を駆けめぐり、何も考えることができない。サッカー人生でなかなか経験できない究極の快感に、FC東京の室屋成は酔いしれていた。
「喜び方がわからなかったんですよ。ゴールを決めることがあまりないので」
試合後の取材エリアで漏らした言葉が初々しい。歓喜の瞬間はホームの味の素スタジアムにサンフレッチェ広島を迎えた、26日のYBCルヴァンカップ・プレーオフステージ第2戦の後半19分に訪れた。
サンフレッチェが自陣からカウンターを発動させようとした直後。味方に落とそうとしたMFフェリペ・シウバのパスが、危険を察知して戻ろうとしていた室屋の目の前に転がってくる。
相手のミスに導かれた千載一遇のチャンス。ボールを拾い、素早く反転すると、目の前には大きなスペースが広がっていた。全員が前がかりになっていた分だけ、サンフレッチェも混乱をきたしていた。
ドリブルで5メートルほどもちあがる。このとき、同じ1994年生まれで、昨夏のリオデジャネイロ五輪をともに戦ったMF中島翔哉が右サイドに開き、室屋の正面にいたDF水本裕貴の注意を引きつける。
室屋にミドルシュートはないと、相手も思い込んでいたのかもしれない。果たして、ゴールまで約20メートルの距離から迷うことなく右足を振り抜くと、強烈な弾道がゴール上の右隅に吸い込まれていく。
「シュートコースが空いたので、とっさの判断で打ったんですけど。テンパってしまって、目の前におったリョウヤ(小川諒也)に気がついたら抱き着いていました」
開幕前にオンエアされた『DAZN』のテレビCMでは、森重真人と徳永悠平の両DFにはさまれながら、胸の部分に両手でハートマークを作るゴールパフォーマンスを演じている。室屋が思わず苦笑いした。
「そんなん、まったく頭のなかに出てきませんでした」
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リオデジャネイロ五輪のピッチで躍動
(c) Getty Images
チームの勝利のために捧げるハードワーク
両チームともに無得点のまま進んできた試合展開を、大きく動かした驚異的なミドルシュート。値千金の室屋の一発を最後まで守り切ったFC東京が、勝利の雄叫びを真夏の夜空へとどろかせる。
敵地・エディオンスタジアム広島で6月28日に行われた第1戦でも、FC東京は1‐0で勝利している。2試合の合計スコアを2‐0として、ノックアウトステージに進出する最後の1枠に滑り込んだ。
試合後に呼ばれたヒーローインタビュー。カクテル光線に照らされたお立ち台で、女子アナウンサーから差し出されたマイクにはにかみながら、室屋は「正直、ゴールは意識していませんでした」と答えている。
「僕がゴールを決めることはあまりないですし、そこまでイメージしていなかったというか。アシストができればいいなと思っていましたし、実際に放ったシュートも1本だけだったので。それをしっかり決められたのはよかったですけど、とにかくチームが勝つために、ということだけを意識してプレーしていました」
昨年11月9日のHonda FCとの天皇杯4回戦で決めた、逆転弾以来となるプロ2ゴール目。J1の舞台では無得点が続いている室屋は「正直、今日のほうが嬉しい」と笑いながらも、自らの立ち位置も忘れない。
「やはりチームが勝てたことがすべてです。ゴールやアシストを決めることよりも、チームを勝たせることのできる選手になりたいと僕はずっと思ってきたので。ハードワークなどでチームが勝利するために尽くしていくなかで、ゴールやアシストができるような選手になっていければ、もっといいのかなと」
前半40分にサンフレッチェが仕掛けたカウンター。味方が数的不利という危機で、ドリブルで攻め上がるMF柏好文を懸命に追走。後方から執拗な重圧をかけて、シュートを打たせなかったのは室屋だった。
システム変更に伴って挑戦中の新境地
FW大久保嘉人(川崎フロンターレ)を筆頭にFW永井謙佑(名古屋グランパス)、MF高萩洋次郎(FCソウル)、GK林彰洋(サガン鳥栖)と、このオフにFC東京は日本代表経験者を積極的に補強した。
開幕直後には昨シーズンの得点王、元ナイジェリア代表のFWピーター・ウタカ(サンフレッチェ)も期限付き移籍で加入。ウタカ、大久保、前田遼一と歴代得点王を3人も擁する豪華な陣容が整った。
2月25日の開幕戦では昨シーズンの王者、鹿島アントラーズを撃破。悲願のJ1制覇への期待が一気に高まったが、その後は波に乗り切れない。6月18日の第15節からは3連敗も喫した。
7勝4分け7敗の10位で迎えた、中断期間となるサマーブレイク。状況を好転させるべく、篠田善之監督は4バックから3バックへのシステム変更を決断。ドイツ遠征で新布陣にトライしている。
それまで右サイドバックでプレーしていた室屋も、必然的に一列ポジションをあげて右ウイングバックに配置された。相手ゴールまでの距離がより近くなった分だけ、室屋の心中には期するものがあった。
「高い位置でボールをもてますし、自分の特徴を出しやすいポジションなのかなと感じています。どんどん前へ仕掛けられるし、ボールを奪われたあとにも切り替えて、前への守備にいきやすいので」
成熟していない部分は少なくないが、攻撃力を兼ね備えた左右のウイングバックが高い位置でプレーできる点は、ポジティブな変化ととらえていい。キーワードは「前から」だと、室屋も手応えを深めている。
「サイドバックだったら、得点シーンのような位置でボールをもつことはあまりないですね。とにかく、チームとして前からいけている点で上手くはまっている。ゴールも奪われた後にすぐ切り替えた結果として、自分のところにボールがこぼれてきたと思っているので」
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ウイングバックでさらなる飛躍へ
(c) Getty Images
背番号が「6」から「2」に変わった理由
明治大学体育会サッカー部を3年時に退部。政治経済学部に籍を置いたまま挑んだプロの世界で2年目を迎えている。ヨーロッパと日本のサッカー文化の違いをテーマにした卒業論文も書きあげ、今春には晴れて大学も卒業した。
もうひとつ変わったことがある。背番号が昨シーズンの「6」から、大学時代に背負っていた愛着深い「2」になった。前の持ち主は、右サイドバックを争う33歳のベテラン・徳永悠平だった。
2015シーズンまで「6」をつけていた左サイドバックの太田宏介が、このオフにオランダのフィテッセから電撃復帰。自身の象徴でもあった番号を、再び背負うことになった。
ならば、左右のサイドバックをこなせるユーティリティーさも買われて、「6」を託した室屋の背番号をどうするか。徳永が7年間背負ってきた「2」から「22」への変更を希望したことで、問題は瞬く間に解決した。
昨シーズン限りで退団したMF羽生直剛(現ジェフユナイテッド千葉)を敬い、羽生のトレードマークでもあった「22」を引き継いだ徳永は、11歳も年下の室屋へ熱いエールを送ることも忘れない。
「同じポジションで、もちろんライバルですけど、リスペクトしあいながら常に競争していくことで、お互いに成長していければ」
システム変更に伴い、サンフレッチェ戦では徳永が3バックの右で先発フル出場。後方から支援されながらピッチ上で共存を果したことも、23歳のホープの心を駆りたてる。
「チームとして戦えている、と試合のなかでも感じられた。これをリーグ戦へもつなげていけたら」
リーグ戦は残り16試合。アントラーズ以外の上位陣との直接対決も残っている。アルビレックス新潟をホームに迎える30日の再開初戦からFC東京、そして攻撃力と無尽蔵のスタミナ、フォア・ザ・チームの精神をより発揮できるポジションに移った室屋の巻き返しがはじまる。