彼と出会ったのは、日本の文化に興味のあるフィリピン人と、現地に住む日本人の交流サークル活動に参加したときだった。
現在はフィリピンで英語教師、運がよければ来年からは日本で英語教師として働く予定だというエイドリアン。既に日本語能力試験の4級に合格している彼は、最低限の日本語を操ることができる。フィリピン私学の雄、デ・ラサール大学の国際関係学科を卒業しており、フィリピンの文化や歴史にも明るい。
8月の中旬に出会ってから、毎週、週末は彼と出かけていた。しかし、彼から日本人の血が流れている事実を明かされることはそれまでなかった。
彼は、日本人の血が入っていることで苛められた過去もある。「明るい話ではないからね、仲の良い友達にしか言っていないんだ」と、少しずつ彼の家系にまつわる話をポツポツと明かしてくれた。
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エイドリアンの家族
彼の本名は「Adrian Caliwara Dator」。この「Caliwara」という名前はフィリピンでは非常に珍しい。フィリピンでは彼の一族しかこの名を持たないという。
その理由は、第二次大戦後の混乱のさなかにあった。1944年から45年の間フィリピンで行われた日米戦。第二次世界大戦後期において、フィリピン奪回を目指す連合国軍と、防衛する日本軍との間で行われた戦闘だ。結局のところアメリカ軍を中心とする連合軍が勝利を収めた。
日本軍がフィリピンを占領していた当時、フィリピンの中には「Pro-Japanese(親日)」のフィリピン人も少なからずいた。
そして、彼の祖先もその1人だった。日本人の血を引くエイドリアン。彼の母方の祖父は、日本人のクォーター。祖先である日本人の男性は、彼の独自の調査によると明治時代に中部地方からやってきたのではないか、ということだ。その彼の家族が、日本軍サイドにつくのはそう不自然なことではなかっただろう。
当時、「Pro-Japanese(親日)」のフィリピン人は、米軍の手助けになるような活動をしているフィリピン人を日本軍に密告するなどをしていたという。
ところが、日本軍がアメリカ軍に敗れると、「Pro-Japanese(親日)」のフィリピン人の立場が危うくなってきた。日本軍サイドにつき、様々な利益を得ていた彼らに、多数のフィリピン人は不満を覚えていた。
そこで「Pro-Japanese(親日)」のフィリピン人たちは、戦後の混乱に乗じて名前を変更するという選択をとった。実は、日米戦でフィリピンは戸籍証明など、多くの書類を消失したのだという。だから、名前ごと変更してフィリピン政府などの抑圧を逃れようとしたのだ。
エイドリアンの名字、「Caliwara」。これは彼の祖先がこのタイミングで変更した名前だったのだ。
「実は僕も昔の名前は知らないのだけれど、梶原(Kajiwara)とか、そういう名前だったんじゃないかなぁ」
フィリピンの誇るデザート、「ハロハロ」。とにかく混ぜて食べるのが正しい作法。フィリピン人のアイデンティティは「ハロハロのようだ」と言われている。様々な海外の文化を何でも取り入れること、それこそがフィリピン人のアイデンティティを形成しているというのだ。
仲良くなったフィリピン人に家系図を聞くと、祖先には中国人、スペイン人など、外国人の血が入っていると答える人の割合が極めて高い。エイドリアンもその1人だ。
「僕みたいに、日本人の血が入っているケースは珍しいけどね」
思わぬ戦争の陰を、友人の名前から見ることができた。
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エイドリアン