昨年、ボルダリングワールドカップ(W杯)年間ランキング女子1位に輝いた野中生萌(のなか みほう)選手。今季から所属先をXFLAGに変え、初陣となった第14回ボルダリングジャパンカップで悲願の初優勝を飾った。
「ずっと優勝できなくて、悔しい思いをしてきました」
野中選手は優勝候補に挙げられながらも、これまでの最高順位は3位(2016、17年)。昨年は5位に終わっていた。W杯で勝つことはできても国内最高峰の大会で勝てない歯がゆさがあったことだろう。今年は8月に東京・八王子でスポーツクライミングの世界選手権が開催されることもあり、それに向けて幸先の良いスタートとなった。
大会二日目の1月27日。会場の駒沢オリンピック公園総合運動場屋内球技場には歴代最多となる1679名が入場。勝利が決まるとスタンドから「生萌ちゃんおめでとう!」と祝福する声があちこちから聞こえてきた。
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優勝した野中生萌選手(中央)、2位野口啓代選手(左)、3位伊藤ふたば選手
大坂なおみの優勝が刺激に
前日は同い年のプロテニスプレイヤー大坂なおみ選手(日清食品)がテニス四大大会の全豪オープンで日本人初優勝。世界ランキング1位になっており、野中選手もテレビ観戦で刺激をもらっていた。
「スッゲーって思って(笑)。(観たのは)途中からだったんですけど、試合の流れとか、よくないところからの立て直しとか、すごい自分の感情をコントロールしているなって」
大坂選手は1年ほど前までは感情的になり試合を崩してしまうことがあった。野中選手も自身を「感情が出やすいタイプ」と分析し、「前はカーッとなってコントロールできなくなったことも多かったので、戦い抜くには自分をコントロールすることが大事だと思います。そこは今回の大坂さんを見習って実践できたかな」と振り返る。
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決勝第1課題に挑む野中
報道陣から「(競技は違うが)同じ世界ランキング1位で、頂点に立つメンタリティーの共通点はあるのか?」と質問が飛ぶと苦笑い。
「大坂さんとですか? いや、ほんとそんなに……」
思わずたじろぐ姿に記者たちの頰がゆるむ。スポーツクライミングの世界では知らぬ者がいないトップクライマーの野中選手だが、素顔は親しみやすい21歳。大坂選手についても「同い年とは思えない貫禄と攻撃力で、やっぱり尊敬しますね」と語っていた。
そんな人柄もあるのだろう、昨年彼女がクラウドファンディングを利用して“東京23区初となるスピードクライミング専用の壁設置プロジェクト”を実施した際も、多くの人から支援を受けて目標金額に到達することができた。
オリンピックのためにスピード壁を作る
東京オリンピックで正式種目に採用されたスポーツクライミングは
・登った課題(ルート)の数を競う「ボルダリング」
・登った高さを競う「リード」
・登る速さを競う「スピード」
の3種目で争う複合種目の「コンバインド」として行われる。そのためスピードの練習も必要になるのだが、国内にスピード専用の壁は少ない。そこで、野中選手がプロジェクトを立ち上げたのだ。
そして昨年12月、東京都豊島区の立教大学池袋キャンパスにスピード壁を設置することを実現させた。
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決勝第2課題を登った野中選手
「頻繁に通うことができるので、修正も短期間でできるようになってくる。毎回毎回やるたびに前回の(練習の)感覚を思い出すところから始まっていたのが、その続きを始められる。その違いは大きいですね」
その一方で、場所が場所だけに「人が来ますね。何してるの? みたいな感じで……」と注目を集めているそうだ。
スピード壁の高さは15m。そこを日本記録保持者の野中選手が8秒台の速さで登っていたら、それは当然目立つだろう。登っていても、大会の観客とは違った人々の目に戸惑いを隠せない。
「まだ気になりますね。私も(登りきって上で)タッチして、街を見ながら降りてくるのってヘンだよなーとか思いながらやってます(笑)。でも気持ちいいです、晴れた日は」
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男子優勝の石松大晟選手(Base Camp)とともに優勝カップを見つめる
同区出身で今も拠点として活動する野中選手。練習環境を身近に整えたことは今後かなりのアドバンテージになるはずだ。
世界選手権、そして東京オリンピック
野中選手はボルダリングジャパンカップでは決勝4課題のうち、3課題を完登。
11回の優勝記録を持つベテラン野口啓代選手(TEAM au)、成長著しい高校生クライマー伊藤ふたば選手(同)の追撃を交わして手中に収めた優勝カップは増やした練習量の賜物だろう。週に2、3回だった練習を週4回をマストにし、調整の仕方も変えたという。
今回は決勝の課題も彼女に味方した。個人によって得意不得意はあるものだが、「すべての課題に対応できたのが勝てた理由かな」と話す。だが「世界のレベルで戦うとなると、足を滑らせてアテンプト(トライの回数)を重ねてしまうようなミスが響いてくる」と今後も修正が必要と気を引き締めた。
「今シーズンの一番の目標は世界選手権で優勝すること。そこでしっかりと優勝してオリンピック出場権を獲得したいと思います」
日本一から世界一へ。野中選手の目は、すでにTOKYO2020の最高の舞台へと向かっている。
《text & photo Hideyuki Gomibuchi》