サッカー女子日本代表のなでしこジャパンや、パラリンピック男子車いすバスケットボール日本代表のメンタルコーチをしている田中ウルヴェ京さん。
元女子アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)選手でもあり、報道番組のコメンテーターとしての顔も持つ田中さんに、物事の考え方についてうかがった。
田中さんの語り口や話す内容について考えているうち、記者の頭には「気遣いの人」という言葉が浮かんできた。快活に話す田中さんの胸の中にあるものを知りたくなった。
「何を考えているのだろう」を考える
田中さんは「選手に指導したり、メディアの取材を受けたり、あるいは、どんな場面でも人との出会いでは、共通して興味が湧くものがある」という。
それは、容姿や経歴ではなく「その人の頭の中(心)」。他人と会ったときは「この人は今一体何を考えているのだろう、を真っ先に考えるようにしている」と語った。
「相手が頭の中で考えていることなんてわかるわけがない」「だから相手の心境などを想像して考えてみる」とも述べた田中さん。しかし、そんな田中さんも「心を考えること」が困難だった出来事があるという。
パラアスリートの指導に困惑した経験も
「自分がオリンピック選手であったため、プロのテニスプレイヤーやゴルファー、オリンピック選手の気持ちはなんとなくわかる気がすると思えることは多い」と自身の経験を素に語る田中さん。
しかし、パラアスリートを指導した際には、衝撃を受けた場面も多々あったそうだ。
「使いたい筋肉が使えない」選手たちへの指導
田中さんは、車椅子バスケットボールの選手たちを指導した際のエピソードを明かした。パラアスリートの場合、どうしても身体的に上手くこなせない練習がある。
田中さんは、脊髄損傷などが原因で体が麻痺してしまい、腹筋を鍛えられない選手の指導に困惑したことを教えてくれた。
「動かしたいのに動かせない体を持った選手」や「鍛えたいのに鍛えられない選手」のメンタルをまったく想像することができなかったと語る田中さん。非常に困難な指導であった様子が伺えた。
「困ることが一番大事」
パラアスリートの指導では「心を考えること」に苦戦した田中さんだが、この経験もあり、「困ることが1番大事」だという考えを持っている。
困ることにより、自身が勉強してきた分野の知識に加え、指導対象の選手をより深く知ろうと真剣に感じようとすることができる。これが新しい発見となり、指導に生かされる知識になるとのことだ。
本当の自分を見失わないために
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メンタルトレーナーだけではなくコメンテーターとしての顔も持つ田中さん。記者が「コメンテーターをしている時、隣のコメンテーターよりも良いコメントをしよう、といったような考えをするものですか?」と聞くと、田中さんは自身の経験から「コメンテーターとスポーツ競技はどこか似ている」という。
「周囲よりも上とか下といった相対評価を意識してしまうことは、無駄と考えている」と語った。田中さんがこう考える根拠は、自身の経験によるものだ。
シンクロナイズドスイミング選手として活躍した現役時代の感覚を引き合いに出し「採点競技とは、自身の演技が10点満点に近ければいいだけ」「他の選手と比べようとすると本当の自分を見失ってしまう」と語ってくれた。
コメンテーターとしてTV番組に出演する際も、同じような考えを持っているそう。「以前話したコメントの評判がよかったから」「今、言おうとした言葉を他の方が発言したから」
という理由でいい言葉を考えるようになってしまうと「自分自身に負けてしまっている」という思考にいたるそう。
「自分ならでは」を常に探す
田中さんは、「自身の実践知からの主観と今まで学んできた知識量からの客観的根拠を両方考えながら、発言するように」と常に心がけているという。
また、「田中さんらしいですね」「田中さんの言葉のほうがいいですね」と賛同を得ても、あまりそういった声を聞かないようにするそうだ。田中さんは、こういった声を聞いてしまうと自身の芯がぶれてしまうと語った。
子供の話を聞かれ「その質問一番好き!」
田中さんは1997年にフランス人の夫と結婚。2人の子宝に恵まれ、母として子育てをしながら活動を続けてきた。自身のツイッターでは、子供についての情報を発信している。
欧州で医学生をしている息子に再会。有難いなと思うのは、夫の良いところと自分の「良いところ
」を、ちゃんと引き継いでくれてる感を親バカとして感じる時。
「引き継ぐチカラ」は息子本人の自己との向き合いによる気づきと選択の結果。そのプロセスには親が知らない見えない努力がある。— 田中ウルヴェ京 (@miyakoland) 2019年1月20日
田中さん自身も、子供に関する質問には「その質問一番好き」と声をあげて喜んでいた。我が子を愛する気持ちがにじみ出ている印象だ。
「一生懸命放任」する代わりに責任も子供に取らせる
田中さんは自身の子供に「勉強をしなさい」ではなく「私はこういう理由で勉強が好きだが、あなたが勉強についてどう思うかは自分次第。たとえ、今日は勉強しないと決めようとそれはあなたの人生だから」というように、どんなことも無理やり取り組ませようとはしなかったという。
どんなことも強制されないことによって「自分の人生を自分で決めることは、いい緊張になった」と息子さん自身から伝えられたことも明かした。
田中さんの教育は、自分の価値観に縛り付けることはせず、本人が考えた末のやりたいようにやらせる放任主義。しかし、ただやりたいようにやらせるのではなく「なぜそれをやるのか、やると決めるのか、根拠を持ち、自分たちで責任は取りなさい」と幼い頃から責任感を持たせることを意識していた。
「一生懸命放任になるよう努力した」
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田中さんの中には、もともと「365日人生はこうあるべき」というような、自身の「他人にすら押し付けたくなるような正論」があったそう。しかし、教育の場においては決して完璧主義の母親にならないように「頑張って耐えていた」という。
あえて、周りに自身の教育が放任主義であることを伝え、一生懸命放任になるように有言実行していった過去を振り返っていた。
もし専業主婦として子育てに取り組んでいたら田中さんの完璧主義がフルに出てしまい「子供の人生を潰していた」とまで語る田中さん。
「想像してみてくださいよ。母親が五輪メダリストなんて、それだけで十分うざくないですか?私が子供だったら嫌です(笑)。なんかすごく正論を押し付けられそうで」
しばしば他人の心を考え、「自分を見失わないように」と言葉ひとつひとつにも気を遣う田中さん。教育について語っている表情は、まさに「気遣いの人」であることを強く感じさせた。