過激な氷上バトル、アイスクロス競技の世界で日本の第一人者として単身で海外遠征を続けてきたのが山本純子選手だ。
元アイスホッケー選手。北海道苫小牧市のケーブルテレビ局に勤務しながら、このスポーツで夢を追い続ける。
アイスホッケー、ダウンヒルスキー、スノーボードの要素を取り入れたアイスクロス競技の最高峰、レッドブル・アイスクロス横浜が2月15日に横浜市の臨港パークで開催された。
日本で世界最高峰の大会が開催されるのは2018年12月に続いて2度目。どちらも横浜が舞台である。
競技に魅了された2010年
山本選手は2010年、国内で開催されたアイスクロスの日本代表選考会で優勝し、本大会に派遣された。
当然のようにこの競技の魅力にハマり、休暇を取得して海外大会を転戦する日々が始まった。
海外選手らと助け合いながら遠征先の宿をシェアしたりする。だからトップ選手とはみな顔なじみ。「日本にはジュンコがいる」とだれもが認識する。

世界のトップ選手らと戦う山本純子(右から2番目) ©Mihai Stetcu/Red Bull Content Pool
レースは1ヒート・4選手で争われる勝ち抜き戦だ。コース途中に設置されたヘアピンカーブやバンクコーナー、連続バンプや段差などの障害物をかわしながらゴールを目指す。勝ち上がり戦を戦って決勝進出した4選手が最後に優勝を争う。
左胸には前年の世界ランキングを意味する数字が貼られる。山本選手は女子の「8」。世界で8番目に強い存在であると、選手や観客らはすぐ分かるという仕組みである。
そんな山本選手が、10年前には夢にも考えられなかった自国開催のレースで表彰台を狙わない理由は1つもない。
今回は「絶対に勝とう」という気持ちが強かった

中央奥が山本純子 ©Andreas Schaad/Red Bull Content Pool
今回の横浜大会では、山本選手がさまざまなアドバイスをしてきた18歳の吉田安里沙選手とともに決勝進出。
しかし世界の壁は厚く、両選手とも大観衆が見守るクォーターファイナルで上位進出を阻まれた。
山本選手と同走した4選手のうち2選手はカナダのミリアム・トレパニエ選手とマシキ・プラント選手。
「トップ8で勝ち上がっている選手はみんな強い。ミリアムもマキシもスタートが速いし、最後の伸びもあるので、そのままだと追いかけていくだけになってしまう。
組み合わせが決まって持ちタイムを比較するとある程度の結果は見えてしまうんです。でも今回は『絶対に勝とう』という気持ちが強かった」
その理由はもちろん、日本のファンがコース脇を埋め尽くす大会だからだ。
「それでは勝つためになにをすればいいかを考えました。それでも追いつけなかったので、2人のレベルが高かったんだなと……」
涙がこみ上げたゴール後
海外の強豪に勝つためにはなにをしたらいいのか。オフのトレーニングからそれを課題に練習している。基本的なスケーティング力もある。
自分の実力は年を追うごとに向上しているのに、それを出し切っても勝てないんだなと思うと、ゴール後に涙がこみ上げてきた。
「みんなレベルが上がっている。でも、その中で勝負に挑めるという喜びもあります」
ゴール後に涙がこみ上げたのはそんな導線もあった。
スタート地点に立ったとき、山本選手は「こんなにお客さんがいるんだ。緊張しちゃうからあんまり見ないほうがいいかな」と考えたという。
「でも、走り出してみると周りの声がすごく聞こえて、最後まで脚を動かしてゴールしました。ゴール地点にはさらにたくさんの人がいて応援してくれたので、それもあって感極まってしまいました」
シーズン最後のロシア大会にも参加予定だが、気象状況の関係で日程変更の可能性があり、その日程を検討しながら次回の参戦を決める。
「シーズンインするときに『今シーズンは最後までやり続けよう!』と決めて各地を転戦してきましたが、そんな日々を続けて37歳になりました(笑)
アイスホッケーでは30歳くらいになって自分の仕事や生活を選んでいく選手たちが多いんですが、自分の中では体力の衰えを感じないので、できる限りはやりたいなあ」
「アイスクロス」第一人者として
第一人者としてやるべきことは多い。その1つは競技の底辺拡大と選手強化だ。
山本選手を頼ってこのスポーツに乗り込んできた長野県のアイスホッケー選手・佐藤つば冴選手や吉田選手に惜しみなくノウハウを伝授する。
「若いつば冴ちゃんもタイムトライアルでは力が出せなかったかも知れないけど、この大会で成長した姿を確認できました。
予選を落ちたあとの練習は心の持っていき方が難しいんだけど、その状況でもしっかりと滑っていました。この競技は悔しさの中からしか学べないことが多いんです」

日本の第一人者山本純子選手(左)が佐藤つば冴選手に声をかける ©Jason Halayko/Red Bull Content Pool
山本選手とともに決勝進出を果たした吉田選手は見違えるくらい安定感が出てきたという。
前シーズンは積極的に海外遠征したものの、タイムトライアルの記録で足切りされて敗者復活戦にさえに届かない戦いが続いた。それだけに決勝に進んだこの横浜で「成長を実感できたんじゃないかな」と山本選手は分析する。
「若い選手が成長してくれているので、年々日本でも人気が高まっていることを嬉しく思っています。私はもちろん選手としてまだまだ突き詰めていきたい。トレーニングに励んでいきたい。
お客さんが今日の興奮を忘れないうちに海外でいい成績を残したいし、子どもたちを対象に体験会を開いたりしていきたいです」

第一人者の山本純子選手(左)と吉田安里沙選手 撮影=山口和幸
この競技が普及するためにさまざまな試みを企画し、多くの選手が増えてくれればと願う。
「インラインスケートをやっている選手ならハードなコースでも滑りやすいんじゃないかな。アイスホッケーから移行しやすい競技ですが、まだまだこの競技も始まったばかりなので、いろんな分野から始めてくれる人が増えたら嬉しいです。
男子はトップレベルになってくると身体能力が成績に影響する。身体の動かし方を知っている選手は伸びが速いと思います。もちろん本人がやりたいという気持ちが一番。私がサポートできることは限られていますが、どんなスポーツからでもチャレンジしてきてほしい。
厳しいこともたくさんあると思いますが、それを乗り越えてくれる人が出てきてくれたら。私もまだ現役なので一緒に滑りたいです」
≪山口和幸≫