今オフシーズンで大きな注目を集めているのが、巨人からポスティング制度でのMLB移籍を目指している菅野智之だ。
昨季の不調を払拭すべく、上半身から始動する「新フォーム」で挑んだ今季は、NPB新記録の「開幕投手13連勝」を達成するなど完全に復調。満を持してのポスティング申請となった。
巨人や侍ジャパンのエースとして突出した成績を残してきた右腕だけに、現地メディアでも連日その動向が報じられている。仮にMLB移籍が実現した場合、日本を代表する右腕はアメリカでもこれまでと遜色ない成績を残せるのか――SPREAD編集部では、2011~14年に巨人の1軍投手総合コーチを務め、菅野の人柄もよく知る野球解説者の川口和久氏に、菅野復調の要因とMLB挑戦に向けたカギについて話を聞いた。
■上半身主導の新フォームがもたらした効果

菅野のこれまでの成績
今季の菅野は14勝2敗、防御率1.97という好成績で巨人のリーグ制覇に大きく貢献した。前年は2桁勝利を記録しながらも防御率は3点台後半と苦しみ、マウンドで首をかしげるシーンも見受けられたが、見事復調を果たした。背景にあったのは、上半身から始動する大胆な「新フォーム」だ。川口氏が振り返る。
「昨年の菅野はキャンプの時からしかめっ面で下を向いていましたね。原辰徳監督が復帰して万全の体制で野球をやりたかったのだろうが、自分のボールが走らないし、身体も思うように動かない。案の定シーズンでは腰も痛めました。
今年は車でいえばマイナーチェンジですが、上半身を先に動かして、そこに下半身がついてくるという上半身主導型のフォームに変更しました。これは「捻転」(身体を捻る回転運動)を加えるためです。また、腰は人間の動き、投手の動きのなかで重要な部分です。その腰を痛めたということは投げ方が悪い。その考えもあってのフォームチェンジですね」
捻転をつけることで、手投げではなく身体全体で効率的にボールに力を加えるためのフォーム変更。当初はあまりに大胆な変化を不安視する外野の声もあったが、この変更が好結果に結びつくことになる。
「何が変わったか……腰の動きなんです。昨年までの腰の動きは横にしか回らない、ようするにサイドスローの動きだったんですよ。これが先に上半身を捻ってから、下半身をしっかり上げると、軸足にしっかりタメができる。そこから捻転を加えて腰がまわってくると、去年までは横にしか動かなかった腰が斜めの動きに変化します。
斜めの動きに変わると、自然と肘のトップの位置が上がります。これによりボールの質がまったく変わります。去年までの菅野は「オーバースロー型のサイドスロー」でしたが、今年は「オーバースロー型のオーバースロー」となりました」
川口氏は、上半身と下半身のバランス向上やリリースポイントが高くなるということのフォーム変更により投球の質が向上し、同じ球種でも「対戦打者が受ける印象がガラッと変わったはず」と指摘している。「投手として理想のかたち」に行き着いたからこその13連勝であったのだ。
■完全主義であるがゆえの不安要素

8年に渡る巨人でのキャリアでも屈指の成績を残した菅野だが、12月8日にMLBへのポスティングを申請が発表された。MLB公式サイトでは直後からトレバー・バウアー(レッズからFA、今季のサイ・ヤング賞投手)に次ぐランク付けをされ、複数球団が獲得へ動きだしている。
球威や制球力、経験など、菅野の実力が一級品であることは間違いないが、アメリカの舞台で最も求められることは何か。川口氏はこの質問に対して、菅野の性格も説明しながら次のように指摘した。
「私のコーチ時代に、彼がブルペンで投げる姿を見ていたのですが、彼は完全主義者なんです。自分が投げたい箇所に、数センチの誤差もないようにボールを投げようとする。ブルペンで完璧に投げられたから試合でも大丈夫だろうと。
『(ブルペンで完璧でも)ゲームで完璧に投げたとしてもストライクって言われるかはわからないぞ』とも伝えました。野球は審判が判断するスポーツです。ましてやMLBの審判は人によって(ゾーンに)バラつきもあります。ここがMLBで活躍できるかのポイントでしょう。
自分の中で(基準や線引きを)緩和して、アメリカ仕様に変えなければいけないはず。審判の判定から崩れていくのが投手の常です。だだ彼の対応力は素晴らしい。困難となったときに自分で解決できる能力がすごく高いのは、プラスに働くと思います」
プロ野球選手であっても、誰もが対応力に優れているとは限らないと川口氏は付け加え、「基本をベースにいかに対応策を考えていけるか」という点に優れた菅野のような選手こそが、「優秀な選手」としている。
■カギを握る球種は「落ちる球」

また、菅野の特徴といえばその多彩な球種をイメージするファンも多いだろう。時に、本格派でありながら技巧派の顔も覗かせるその組み立ては芸術的ですらある。では、MLBの舞台で最も効果的な球種は一体どのボールになるのだろうか。川口氏は「落ちる球」に注目している。
「やはりスプリット、落ちる球でしょうね。田中将大(ヤンキースからFA)を筆頭に、決め球として通用するのは明白なので、ここがキモでしょう。過去のMLBは(内外角の)ストライクゾーンが広かったこともあり、横変化のスライダーが効果的でしたが、近年は高低の投げ分けや縦の変化でスイングを誘う方向にシフトしています」
パイオニア・野茂英雄を筆頭に、これまで落ちる球種を武器に活躍した日本人MLB投手は数多く存在し、ここ数年ではダルビッシュ(カブスからパドレスへトレード移籍)や前田健太(ツインズ)などが投じる「高速チェンジアップ」も相手打者を幻惑している。球威あるストレートと、そこから同じ軌道で沈む変化球を軸に、定評のあるスライダーなどを交えた投球術こそが成功へのカギとなりそうだ。
■野球人生における節目だからこそ「悔いを残すな」

投手としての資質を兼ね備え、年齢的にも脂が乗りきった状態でポスティング申請に踏み切った菅野だが、ゴルフなど共通の話題で盛り上がることも多かったという川口氏は、「決して多くを語らない男。勝ち気すぎるわけでもなく、すごく自然体で人柄のよい男です」と穏和な表情を浮かべながら振り返った。
インタビューの最後、今、そんな菅野に言葉をかけるとしたら、と尋ねてみた。
「悔いを残すな。これですね。自分が信じたことをやるべき。叔父である原監督も『初志貫徹』という言葉を大事にしているくらいですし、菅野も後悔しない投球や野球人生を続けて欲しい。
野球選手には必ず節目が訪れるんですよ。菅野にとって、野球人生における節目の時期は今。だからこそ、悔いを残さない決断をして欲しいですね。私は思い切ってMLBに挑戦したほうが良いと思ってます」
ポスティングに基づく交渉期限は1月7日午後5時(日本時間8日午前7時)。野球人として常に最善手を模索し続けてきた菅野の新たな決断の時は間近に迫っている。
文・SPREAD編集部