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F1グランプリにデビューした日本人選手の動向は中嶋悟以来、全員眺めてはきたが、デビュー前に期待がこれほど高まったのは初めての経験かもしれない。F1グランプリ2021年シーズン開幕に先駆けて3月12日から14日、開幕戦が開催されるバーレーン・インターナショナル・サーキットで行われたF1プレシーズンテストの結果を見てのことだ。
■テスト最終日に自己ベストを記録
今シーズンF1グランプリにデビューする角田裕毅は、テスト最終日となる14日の午後、1分29秒053という自己ベストタイムを記録した。このタイムは最終的に、3日間のトップタイムとなったマックス・フェルスタッペンからわずか0.093秒足りないだけの2番手タイムで、3番手につけたフェラーリに乗るカルロス・サインツJr.には0秒558もの差をつけることになったのである。
もちろん開幕前テストではチーム毎、ドライバー毎にテストのプランが異なるのが普通で、必ずしも全員がタイム短縮を目指して走っているとは限らない。単純に「角田スゴイ、表彰台が狙えるじゃないか!」と浮かれるのは早計ではある。だからと言って並みいるF1チーム、F1ドライバーを相手にして2番手のタイムは容易に出せるものではない。
これまでF1に出走した歴代日本人選手の走りっぷりを貶める気はない。これまで日本人選手が苦戦を強いられるたび、ぼくは「日本のトップ選手が行っても結果が簡単には出せないほどF1は厳しいのだ」と、F1のレベルの方に畏怖してきたのだ。だが今回の角田のタイムを見て、「ひょっとしたらいよいよ日本とF1の関係が変わるのかもしれない」と思わざるをえなかった。
何しろテストの内容が良かった。角田が本格的に2021年仕様の新車、アルファタウリAT02を操るのはこのテストが初めてのことだ。走り始めたマシンにはトラブルがつきものだが、角田のマシンにもトラブルが発生して1日目は37周のみ、2日目もトラブルが発生してまともに周回を続けられず、思い切って攻め込めたのは最終日のみなのだ。
トラブルが続発している間、角田は新しいマシンを習熟することに努め、3日目にタイムアタックに集中した。そして狙い定めたようにベストタイムを記録したのである。少しずつ習熟度を積み重ねてタイムを引き上げていく、着実な取り組みも必要ではある。
しかし異なるサーキットを転戦し毎回のように異なるコンディションで闘わなければならないF1グランプリではわずかなチャンスを見逃すことなく掴み、一発で結果につなげる瞬発力も求められる。米を食べて育ったせいなのか、これまでの日本人選手は肉を食べて育った外国人選手に対して、粘りはあっても瞬発力がどうしても不足気味に見えた。しかし角田はまさにこの瞬発力をデビュー前に見せてくれたわけで、何かこれまでとは違う闘い方を見せてくれそうな予感が膨らんでくる。
しかも角田は瞬発力だけを発揮したわけではない。テストを通しての感想を問われた角田は、チームメートになるピエール・ガスリーの走りを見て「風の使い方がうまいと感じた。風の強いバーレーンのコースで、風向を見ながら走り方をうまく変えていた」と実に冷静な分析をした。
最大出力1000馬力に届くと言われるパワーを操るF1ドライバーが風向きを考慮して走ると聞くと意外に感じる読者がいるかもしれないが、空気を最大限利用してダウンフォースを生み出して走る近年のF1グランプリカーの操縦特性は、向かい風と追い風で大きく変動する。1000馬力で突進するだけではライバルに勝つことはできないのである。
角田は、F1のハイパワーに馴れながら、冷静にチームメートがどうやってF1グランプリカーを操るかチェックし分析していた。分析ができれば当然自分の走りを改善していくことができる。瞬発力と分析力をデビュー前に発揮したと考えたら、傍観者として開幕に向けて期待が高まってくるのも仕方がないではないか。
著者プロフィール
大串信(おおぐしまこと)●モータースポーツ・ジャーナリスト
東京都世田谷区生まれ神奈川県逗子市在住。1986年、フリーランス・ライターとして独立、自動車レース関連記事の執筆活動に入り、F1グランプリを含む国内外モータースポーツが主戦場。かつての「セナプロ」を含め、取材対象となったドライバーの枚挙には暇なし。自らも4輪国内Aライセンス所持を所持するレーサー。グランツーリスモを含む、eSportsの造詣も深い。第2種情報処理技術者(現基本情報技術者)。オヤジ居酒屋の1人呑みが趣味。病的猫溺愛者。