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ウィンブルドンに活気ある歓声が戻ってきた。大会初日、7500人のファンがオールイングランド・ローンテニスクラブのゲートを通り、2年ぶりとなるウィンブルドンを楽しんだ。完璧に整備された青々とした芝たちも「おかえりなさい」と言わんばかりに選手とファンの帰りを心待ちにしていたことだろう。
前回王者であるノバク・ジョコビッチ(セルビア)がオープニングマッチを制した後、センターコート3試合目では「Go!Andy!」と怪我から復帰した自国の勇士に大きな声援が向けられた。2度のウィンブルドン・チャンピオンであるアンディ・マレー(イギリス)は、1回戦で第24シードのニコロズ・バシラシビリ(ジョージア)を6-4、6-3、5-7、6-3で破り劇的なカムバックを果たした。
【実際の映像】熱狂に包まれるセンターコート…アンディー・マレー、劇的カムバックでウィンブルドン初戦突破の瞬間
■“がむしゃら”なマレーと粘るバシラシビリの熱戦
今季2勝を挙げているバシラシビリは、序盤から攻撃的なテニスでマレーを走らせる。安定したサービスゲームを軸にイーブンな戦いを展開するが、マレーは毎ポイント“がむしゃら”にプレーすることで自身に勝利の流れを引き寄せると、第10ゲームでチャンス到来。バシラシビリのドロップショットがネットにかかりセットポイントを迎えた。セットポイントではバシラシビリの好サーブをブロックリターンで浅めのクロスへ返球することに成功、バシラシビリのバックハンドはネットにかかりマレーの雄叫びと観客の狂熱がセンターコートを揺らした。
落ち着きを見せたマレーは第2セットを6-3でモノにし、勝利への走りを加速させる。第3セットに入り、マレーは手の付けようがない完璧なプレーを披露し、5-0とリードを大きく広げた。誰もが「2回戦は誰と対戦するのか?」と次戦を意識したのではないだろうか。
だが、そこから勝利を確信していた観客たちの悲鳴が7ゲーム続くことになる。バシラシビリはマレーのアンフォーストエラーを利用し、スルスルとチャンスをうかがいプレッシャーをかけ続けた。無表情とも言えるほど顔色一つ変えずにプレーしてきたバシラシビリも、2度のマッチポイントを凌いでからは「この勢いを止めてはいけない」と感情を爆発させ、5-7と逆転に成功する。
マレーは試合後、「(第3セットは)5-3までは良いプレーをしていた。すこしプレッシャーを感じたんだ。でも試合に出ていない時はこういうことが起こり得る。物事はちょっとしたことですぐに崩れてしまうものだよ」と振り返った。
■「もう一度このようなことができて凄く幸運」
第4セットに突入してからのマレーは、6ゲームぶりに自身のサービスゲームをキープし冷静さを取り戻した。4度目のマッチポイントでバシラシビリのバックハンドがネットに突き刺さったとき、大観衆は万雷の拍手でマレーの勝利を称えた。
今回の試合は彼自身のキャリアのように、どんなにショックな出来事が起こっても再び立ち上がり乗り越えていくストーリーと同じように見えた。リードした展開から逆転された時ほど精神的に不安定になることは確かだ。しかしこのような状況から第4セットで試合を締めくくれたことは、やはり勝負に対しての貪欲さから元王者の異次元の集中力が存在し続けていることを証明したと言っていい。
「このような素晴らしい雰囲気のなか、再びセンターコートでプレーできることを嬉しく思います。このステージに戻ってくることはとても大変でした。ここ数年、勢いが無かったからね。僕はただ努力を続け、ハードワークを続け、正しいことを全て行なってこの場所に戻ってきました。もう一度このようなことができて凄く幸運だと思っています」
数多く戦ってきた今までのキャリアの中でも、この日の勝利、観客の声援、ファミリーボックスのチームの存在は彼の中でも特別なものとして記憶されるだろう。
「この1年半で、このような瞬間が当たり前ではないことに気づきました。これが最後のウィンブルドンになるのか? 最後の試合になるのか? ずっとそう聞かれますが、僕はプレーし続けるつもりだよ。楽しんでいるんだ。まだ最高のレベルでプレーができる。だって世界ランク28位の彼に、僕はほとんど試合をしていないのに勝ったんだからね」
前哨戦では「いつ最後の試合になってもおかしくない」と吐露していたマレーも、この勝利から再び新しい未来を思い描いたはずだ。
2回戦でマレーは、オスカー・オッテ(ドイツ)と対戦。日本時間7月1日、0時45分からセンターコートに登場する予定だ。
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著者プロフィール
久見香奈恵1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。