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「悪いけど、日本は負けるからね」
国際バスケットボール連盟マーケティング担当の第一声だった。
2018年6月29日、日本対オーストラリア戦が行われる千葉ポートアリーナへの道中での会話だった。「FIBAワールドカップ2019アジア地区第一次予選」はこの日まで、フィリピン、オーストラリア、チャイニーズ・タイペイ、フィリピンと対戦し、日本の全敗。W杯出場は不可能に見えた。
このオーストラリア戦を落とすと、W杯への道は完全に断たれ、さらに東京五輪出場さえも難しいと囁かれていた。日本バスケットボール界は長らく、BJリーグとNBL(JBL)の2リーグに分裂しており、業を煮やしたFIBAは日本代表の国際試合参加を禁じる事態となった。
【東京五輪/バスケ】八村塁、渡邊雄太、2人のNBAプレーヤー擁する「史上最強」男子代表の大躍進に期待
■五輪出場の価値が日本代表にあるのか
Bリーグ設立がこの危機を救った。少なくともFIBAからのお達しに対し、要求に答えた。ただ、ひとつ疑問符がついたままだった。「日本のバスケは、国際大会で通用するほど強いのか」と。よって2020年の五輪開催国にも関わらず、男子バスケの出場権は確定していなかった。日本バスケットボール協会三屋裕子会長も非公式の場で「男子は諦めました」とジョークを含めた挨拶を口にした過去さえあった。
ワールドカップにさえ出場できない日本代表に五輪出場の価値があるのか……。その汚名返上のためのW杯予選だったものの、ひとつも勝てないまま、崖っぷちで、このオーストラリア戦を迎えた。
オーストラリアにはNBA選手、元NBA選手もラインナップしており一方、日本は国際経験だけでもだいぶ見劣りするメンバーだった。冒頭のFIBA担当の言葉に私は「まぁ、仕方がないよね」と返したほどだ。
■八村塁がチームを変貌させた
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(c)Getty Images
ただ、この日の試合、ひとつ大きな希望が残っていた。アメリカのゴンザカ大の主力・八村塁が代表選手としてラインナップに加わった。UCAAとは言え、まだ大学生だ。ひとりの選手の加入だけで、チームがそれほど変貌すると考えるのは、さすがにムシが良すぎる。オーストラリアのスターティングファイブには当時ミルウォーキー・バックスの選手が2人、日本のNBA選手はゼロだ。
しかし、試合が始まると予期せぬ展開となった。開始1分過ぎに八村が初得点を決めると、3分には日本が逆転。終始日本がリードする。強豪チームの怖さは後半にある。ハーフタイム後は徐々に得点差を詰められ、第4クオーターも残り2分少々で73対72と一点差まで詰め寄られた。
声援を送りながらも「やはり無理」という言葉が頭をよぎった頃、タイムアウト明けに八村が豪快なダンクを決め、ホームコートは最高潮の盛り上がりを見せる。オーストラリアも不気味に得点を重ねるが、79 vs 78で辛くも逃げ切った。
FIFA担当は振り返り興奮した口調で「勝ったねー!」と叫んだ。我々はハイファイブを交わした。奇跡に思えた。
八村は24得点7リバウンドとチームを牽引。この劇的勝利に日本は息を吹き返し、残りの予選を連勝。ワールドカップ出場権を手にした。
■五輪で「奇跡の1勝」を
しかし、すべて順風満帆とは行かない。意気揚々と乗り込んだW杯中国大会、日本代表はアメリカ、チェコ、トルコを相手に全戦全敗。徹底的マークされた八村とチームは世界の壁を知った。
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(c)Getty Images
それから2年、この予選と似たような試合が五輪前の国際親善試合で繰り返された。7月に入り国内で行われた試合、ハンガリー、ベルギー、フィンランドと対戦1勝2敗と、またも世界の壁を見つめる試合となった。しかし4戦目から、八村、そしてオーストラリアから馬場雄大と海外組が加入。ベルギーとの再戦で87対59と圧勝すると、フランスを相手に大金星を挙げ、東京五輪に挑む流れを掴んだ。
W杯に全敗したメンバーとそれほど変わりはない。しかし、八村はその後、NBAドラフト1順目で指名され自身もNBA選手に、そして今年はプレーオフまで戦った。渡邊雄太も1.5軍扱いからNBA正式契約を勝ち取った。馬場もオーストラリア・リーグ優勝チームのメンバーとして凱旋。それぞれのバスケの質は、目をみはるほど向上。こうした選手を間近で知る次の世代も、チームメートも底上げを感じる。
もちろん、五輪本番には親善試合とは異なり、相手チームも完全なコンディションで試合に臨むことだろう。
初戦スペインはW杯優勝チーム、スロベニアにはNBA新人王、オールスター選手のルカ・ドンチッチを擁し、アルゼンチンもW杯準優勝チーム。このグループ内で1勝を挙げることすら「奇跡」と形容されている。しかしその戦いは、どれも目を瞠る一戦となるに違いない。
2023年FIFAワールドカップは日本も共催に名を連ねる。次の戦いに向けても、五輪で「奇跡の1勝」をもぎ取りたい。
さて、ジェームズ、君の予想はどうだろう。また「負けるよ」と笑うかな……。
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著者プロフィール
たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー
『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。
MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。
推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。
リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、ニューヨーク・メッツ推し。
著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。
■FIBAワールドカップ2019の予選でタイムアウト明けに八村がオーストラリアに豪快なダンクを決める
.@rui_8mura finishes it off with ⚡️⚡️dunk □#FIBAWC #ThisIsMyHouse #AkatsukiFive @JAPANBASKETBALL pic.twitter.com/qUBkmC8UfN
— FIBA Basketball World Cup (@FIBAWC) June 29, 2018