【スポーツビジネスを読む】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 前編 「スポーツは儲からない」を豹変させた卓球 | CYCLE やわらかスポーツ情報サイト

【スポーツビジネスを読む】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 前編 「スポーツは儲からない」を豹変させた卓球

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【スポーツビジネスを読む】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 前編 「スポーツは儲からない」を豹変させた卓球
【スポーツビジネスを読む】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 前編 「スポーツは儲からない」を豹変させた卓球 全 1 枚 拡大写真

スポーツは儲からない」。

これは20世紀、日本スポーツ界における不文律だった。

なにしろ、その頃のスポーツといえば野球と相撲。子どもの好きなものとして「巨人、大鵬、卵焼き」と称された過去からも、その不動の人気が窺えよう。しかし、そのプロ野球でさえ、儲かった事実はない。年間数十億円という広報費が親会社で計上され、その経費が球団経営を支えていた。球団を支えきれなかった企業は、チームを売却。その売却の歴史が、チーム変遷の歴史となって残っている。

親会社の名称を追えば時代の趨勢が把握できる。現在は読売、中日にしか見えない新聞社もかつては毎日、産経の名があり、鉄道も阪神、西武しか残っていないが、国鉄、西鉄、阪急、南海、近鉄、東急など勢揃いだった。しかし、産業の衰退とともにチームを売却され、現在はソフトバンク、楽天、DeNAといわゆるIT企業が名を連ねる点、きわめて時代の流れだ。

そして、プロ野球に「儲ける」文化を持ち込んだのも、こうしたIT球団だった。もちろん、クラブとしての独立採算性を求めたJリーグの登場も大きかった。

こうして「儲からない」という言い訳は、21世紀の日本スポーツ界では通用しなくなったとしていい。しかし、それでも琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社代表取締役社長早川周作さんには「スポーツは儲からない」という信念が根付いていた。

撮影:SPREAD編集部

●早川周作(はやかわ・しゅうさく)

1976年12月17日、秋田県出身。志学館高等学校、明治大学法学部法律学科卒業。政治家私設秘書として入職。2011年ベンチャー企業支援を行うSHGホールディング(株)を設立し代表取締役に就任。2018年卓球プロ「Tリーグ」の開幕時に、チーム設立および琉球アスティーダスポーツクラブ(株)を設立し代表取締役に就任。2021年3月、プロスポーツチームとして日本初となる上場を果たす。4月、女子チームに参入し子会社の九州アスティーダ株式会社を設立し、取締役に就任。来たる12月18日、著書『琉球アスティーダの奇跡』発売予定。

◆【インタビュー後編】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 NFTが変えるクラブ経営

■Tリーグ松下浩二・元チェアマンとの出会い

秋田市出身、新聞配達などのアルバイトから苦労し大学に進学、以降ビジネス界に転進した早川さんにとって、スポーツビジネスは魅力的ではなかった。「学生時代もスポーツとはほぼ無縁だったんですよね」、早川さんは快活にそう言い切った。

「スポーツビジネスにはどうしてもボランティア的なイメージを持っていまして『ビジネスにならない』、そう思っていました。スポーツ経営そのものにも興味がありませんでした。Jリーグでも、Bリーグでも社長のお誘いをいただいたのですが、ピンと来ませんでした。楽天しかり、DeNAしかり、3000億円企業メガベンチャーのB to Cマーケティングに役立つのがプロスポーツ。100億円のベンチャー企業には縁がない……そう思っていました」。

しかし、ある出会いがその考え方を覆した。懇意にしていた元ハンドボール日本代表キャプテン東俊介(あずま・しゅんすけ)さんから「会って欲しい人がいる」と紹介を受けた。失礼ながら前の商談が長引き、30分ほど遅れ、東京は銀座7丁目にある老舗カフェ椿屋にたどり着いた。そこで出会ったのが当時、Tリーグのチェアマンを務めていた松下浩二さんだった。

「お店の隅っこに座ってらっしゃって、紹介を受けたものの、その方が4大会も五輪に出場しているとは知りませんでした」と笑う。もちろん、現在では親交も深い。

「Tリーグを作る…という段階で、東さんからも『スポンサーとして』と紹介されたようでした。しかし、松下さんから『5歳で始めて15歳でメダルが獲れるのは卓球しかない』と力説され、卓球に取り組むことで自分の志を実現できるのでは……」と閃いたという。

■儲からないはずのスポーツ経営へ

早川さんには元首相の秘書を務め、衆議院議員総選挙に打って出た経歴もある。その志は、現在の日本の問題に起因する。東京など強い地域だけに力点が置かれ、大都市だけに権力が集中する。地方再生という旗は掲げられるものの、現実には旗振りに終始。そんな中、「弱っている地域を助け、その地域に光を当てる」、そんな指針をこれまでの人生でも標榜して来た。これには個人的に経済問題を抱え、秋田から千葉へ、そして東京へ進学した早川さん自身の原体験が大きな影響を与えているだろう点、想像に難くない。

「卓球なら場所を選ばず、地方発信でも、日本を活性化することができると気づきました。これを広げて行くことで、解決したい社会問題にアプローチできる……と。Jリーグ、もしくはBリーグでクラブとして世界トップになるのは難しい。(秋田出身の早川さんにとって特に)あの田臥勇太でさえ(NBA選手としては)わずか数試合で終わった。しかし、卓球ではすぐそばに世界があった。日本人に適していて、どんな環境下でもチャンスが与えられる。これは無茶苦茶チャンスがあると気づきました。もう結婚を決めた時よりもビビっと来ました」と早川さんは大きく笑った。

3年目でTリーグ初優勝を遂げた琉球アスティーダ 提供:琉球アスティーダ

さらに早川さんは卓球を冷静に分析した。卓球人口は中国で9000万人以上と言われている。それが日本ではわずか800万人程度、それでも世界トップレベルを維持。しかも他のスノボやスケボー、バドミントンなどのポテンシャル同様、多額の費用をかけずに挑戦することができる。卓球にはJリーグやBリーグにはないチャンスがある……そう考え、儲からないはずのスポーツ経営に乗り出す決断を下した。

■日本初のプロチームとして上場

実は、Bリーグの島田慎二チェアマンとも、彼が千葉ジェッツの経営者であった頃からの仲良し。日経新聞での対談がきっかけだったそうだが、その当日、双方ともに白シャツに赤いネクタイと丸かぶり。お互い「真似しないでくださいよ」と意気投合したという。その際、島田さんから「Bリーグの異端児は僕ですが、Tリーグの異端児は早川さんですよね」と投げかけられ「一緒にしないでください」と笑い合ったそうだ。

「以前のスポーツ界は経営感覚のないトップばかりでした。それが今では島田さんのように経営感覚がある方々が増えてきた。ですから、私自身スポーツチームの経営に乗り出したのも、自然な流れだったかもしれないですね」と振り返る。

こうして早川さんは2018年、琉球アスティーダをプロチームとして、あらためてスタートさせるに至った。そしてアスティーダは、日本スポーツ界に革命を引き起こした。初年度、最下位スタートだったアスティーダは3年目にはTリーグ初優勝を果たす。

さらに2021年3月、日本で初めてプロチームとして上場を果たした。

「上場したのは、儲からないからです。スポーツは感性を動かされるもの。エモーショナルな価値を広げていく種には本来、お金が集まるはずなんです。インパクト投資です。そのためにはガバナンスを効かせ、ディスクロージャー(情報開示)する必要があります。社会にインパクトを与える企業にはお金が集まる。感情が動かされるスポーツにはお金が集まってくる」と早川さんは力説する。

プロ経営者として資金を集めるためには、むしろ上場が当然という発想だ。これにより資本金100万円からスタートした同社は2020年12月期に年商約4億円。上場により時価総額10億円へと成長を果たした。

◆【インタビュー後編】琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社早川周作代表取締役社長 NFTが変えるクラブ経営

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著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist

《SPREAD》

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