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「2020年以降、私は人として成長し、選手としても成長した。より完成されたテニスプレーヤーになった気がする」
世界ナンバーワンのアシュリー・バーティは確かな手ごたえを口にした。
そのテニスは、見る者を飽きさせない魅力と同時に、コート上でもたげてくる課題を常にクリアしていく姿は、「真の女王」である風格を漂わせている。
◆大坂なおみのパワーテニスに相対したマディソン・ブレングルに見るテニスの真髄
■完璧ともいえる勝利へのペース配分
相手を惑わす豊富な戦法と卓越されたゲームマネージメントは、ライバルたちの長所を封じ込め、新シーズン早々、各国の精鋭たちに無力感を味わわせている。うなるようなクロスへのフォアで相手を追い出しては攻め立て、以前よりも滑らかなアンダースピンでリズムを崩しエースを奪う。その彼女ならではのチェンジオブペースに、どの選手もついてくることはできないでいる。
「正しいアイデアを持っていても、それを実行に移せるかどうかが重要だ」と話すバーティは必要以上にテクニックを見せびらかすことがない。シチュエーションに応じてショットを選び、確実にダメージを与えていく。その完璧ともいえる勝利へのペース配分は、冷酷ともいえるほどライバル達の自信を奪い去る。
興味深いのはオンコート以外の彼女が、気さくで人間味あふれる人物であるということだ。
スポーツを愛し、他者を想い、自身の行いから人々にエネルギーを与えられる存在である。そして勝利後のインタビューでは誰もが認めるほど愛くるしい笑顔で喜びを分かち合い、次のゲームを楽しみにしているという。母国からの多大な期待、プレッシャーさえも、彼女の活力の源へと姿を変えている。
■決勝の相手は強打が売りのコリンズ
準決勝では自身のテニスを取り戻し勢いに乗るマディソン・キーズ(米国)に対し、わずかなチャンスさえ与えず試合時間62分の早さで6-1、6-3と勝利を収めた。世界ナンバーワンは地元プレイヤーとして42年ぶりの決勝進出にもかかわらず、鋭いまなざしを休めることはない。
決勝を前に「土曜日は私にとって新しい体験になる。だから、それを受け入れ笑顔でベストを尽くしたい。何が起こっても、それはそれでいい。最後のレースができることを楽しみにしています」とさらなる輝きに相対し、決意を新たにした。
そんな彼女が目指す勝ち星はあとひとつ。
決勝の相手は第27シードのダニエル・コリンズ(米国)だ。準決勝では全仏覇者のイガ・シフィオンテク(ポーランド)を6-4、6-1で撃破し、初の四大大会決勝へと駒を進めてきた。コリンズはベースラインからのパワーバトルを得意とし、熱い感情を前面に押し出してくる選手だ。どの選手にも自身のテニスを貫き打ち切ってきたコリンズがバーティのチェンジオブペースにどう挑んで来るのかにも注目が集まる。
決勝戦は29日。絶好調のバーティがホームで自身3つ目のグランドスラムタイトルを手にするか、あるいはパワーヒッターのコリンズが初制覇となるか。勝利の女神はどちらに微笑むだろうか。
◆18歳での引退からカムバック バーティが叶えた夢のウィンブルドン制覇
◆元世界1位マリー相手に大金星 ダニエル太郎に見た超攻撃的スタイルの完成
著者プロフィール
久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。