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2年連続で栄えある天皇杯という賜杯を手にした選手たちは、全員がコート上で喜びを爆発させた昨年と異なり、今回はその喜びを心の中でぐっと噛みしめるような様子だった。
12日に行われた第97回全日本バスケットボール選手権大会の男子決勝、川崎ブレイブサンダースが千葉ジェッツを82−72で下し、第92回大会から3年連続優勝を成したジェッツ以来の同大会での連覇を果たした。
◆【動画】天皇賞連覇を果たし喜ぶ川崎ブレイブサンダースの選手
■冷静なゲームコントロールが勝因
勝った川崎にとっても容易な試合ではなかった。序盤から攻守で千葉を圧倒、52−33と大きく差をつけて前半を終了するも、後半には千葉が反撃を開始。徐々に点差を詰められ、終盤には一桁差とされた。
それでも、川崎は勝ち切った。佐藤賢次ヘッドコーチが試合後に述べたように選手たちが終始、攻守で積極的なプレーをしたからというところもあったが、他方でこのチームには篠山竜青やニック・ファジーカスといったベテランが多く、千葉の猛攻に落ち着きを失わなかったという点が大きかったように思われた。
昨年まで長らくチームのキャプテンを務めた川崎の“心臓”篠山は「第3Qは相手に押されてはいましたけど、その中で向こうのチームファウルが溜まっていることだったりとか、こちらのどこにアドバンテージがあるのかいうのを冷静に判断してゲームコントロールができていたんじゃないかなと個人的には思っています」と、試合の後半を振り返った。
33歳のポイントガードは、こう続けた。「これまで色んな経験をさせてもらいましたけども、そういうのが生きたのかなと思います」。
36歳となったファジーカスは、昨季のBリーグ王者・千葉が後半、反撃をしてくることは織り込み済みではあったが、今季新加入のシューティング・ガード(SG)マット・ジャニングが得点を重ねることで、相手の連続得点を止める活躍もあって、前半に築いた19点差はそう簡単に返すことができるものではないという心持ちだった、と話した。ジェッツ連続得点の後、ジャニングが得点をした場面は後半だけで3度もあった。
「試合の残り20分間で19点という差を詰めるのはとても難しいこと。そこで僕らが1クォーターにつき5、6本でもシュートを決めていけば、ますます相手にとって苦しくなると思っていたし、たとえジェッツが連続得点を挙げていてもこちらはディフェンスに集中していれば大丈夫だと思っていました」。NBAや日本代表も経験している36歳のビッグマンは、こう述べた。
ビハインドを背負ったところからの反撃は、チームに勢いを与える反面、追いつくのだけで労力を要してしまうし、終盤になれば時間との戦いにもなるため、自ずと焦りなどに繋がりやすくなりがちだ。実際、千葉は最終Qで川崎に迫りながら重要局面でいくつかのターンオーバーを出してしまい、結果的にはこれが彼らの大逆転勝利を阻んだ。
対して川崎は終始、積極的なプレーを続けながらも「心は冷静に」といった具合で、浮足立つところがなかった。現在の川崎には30歳以上の選手が9人もいる。今回の勝利は、ベテランの多いチームならではの経験と落ちつきがもたらしたものだったとも言えよう。
■「二冠」達成に向けて
しかし、昨年の天皇杯制覇時に比べて大きく喜びを爆発させなかったのは年齢が嵩んだ選手が多いから、というだけでもなかっただろう。むしろ、どちらかと言えば、この天皇杯の優勝が彼らにとってはあくまで通過点だという思いがあるからではないか。
川崎は、毎年リーグ優勝候補の一角に数えられながら、Bリーグ創設以来、未だ頂点に立っていない。最高成績は初年度の2016-17年の準優勝だ。
昨年の記憶は、川崎の面々とファンの肌にヒリヒリと痛く残る。
2020−21シーズン、天皇杯制覇もした川崎は、レギュラーシーズン終盤に調子を上げ、最高の状態でポストシーズンへ入ったように思われた。しかし、シーズン中は3勝1敗(天皇杯決勝でも対戦し、ここでも勝利)としていた宇都宮ブレックス相手のプレーオフ・セミファイナルで完敗、スイープされ、またも優勝に手が届かなかった。
ベテランたちには「時間」がない。気持ちが充実していても肉体がついてこない、というターニングポイントはどの選手にもいつかはやってくる。川崎にはそう多くの「時間」は残されていないようにも思える。
今季、天皇杯決勝までの川崎は、27勝10敗でポストシーズン進出圏内のB1東地区3位。コロナの影響で試合数がチームごとで変わってくる可能性が高く、順位は勝率で争われる。天皇杯が終わりBリーグのシーズンは残り2カ月弱。佳境へ向かって、1つ1つの試合がより重みをましてくる。
この天皇杯制覇で、川崎に勢いはつくのか……。チームの空気は確かに良い状態でリーグ戦を再会できるだろうが、それが川崎をリーグ優勝に近づけるかどうかといえば、ほとんど関係がないとすら言える。実はBリーグ開始後、同一シーズンで天皇杯とリーグ優勝の「二冠」を達成したチームは皆無。Bリーグ以前まで遡れば2013−14シーズンにNBL時代の東芝ブレイブサンダースが達成したのが最後。
佐藤HCは天皇杯優勝後、チームへ向けてここからが「旅の始まり」と表現した。そして篠山は「本当に今年こそという思いは強い」と決意を新たにした。天皇杯では喜びを「抑えた」川崎、そのエネルギーは残りのシーズンで爆発させるために取っておいたのではないか。
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著者プロフィール
永塚和志●スポーツライター
元英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者で、現在はフリーランスのスポーツライターとして活動。国際大会ではFIFAワールドカップ、FIBAワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、NFLスーパーボウル、国内では日本シリーズなどの取材実績がある。