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彼女は逆サイドの、3Pライン付近でボールを持っていたが、「こちらサイド」のコーナーにいる藤本愛妃へパスが飛んできた。そのパスを受けた藤本は、見事の3Pシュートを決めた。
「こちらサイド」とは、エンドゾーンで試合の写真撮影をしていた著者の側のことだ。ファインダー越しに、ボールをドリブルしていた町田瑠唯のことを追っていたが、藤本のことをまったく見ていなかったように思えたから、逆サイドの「こちら」に鋭いパスが来た瞬間は驚いた。
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■運動量は日本のほうが圧倒的
これが東京オリンピックで銀メダルを獲得した日本代表の司令塔で、かつ世界最高峰WNBAでプレーする実力者による“必殺の”パスなのだ。
国内のWリーグ開幕から間もない10月29日、町田の所属する富士通レッドウェーブは、川崎市のカルッツかわさきで行われた試合で、強豪のENEOSサンフラワーズに91-54と予想外の圧勝を収めた。
昨季の終了後、町田は休む間もなくアメリカへ渡り、WNBAワシントン・ミスティクスの一員として戦った。同リーグの終了後は再び富士通に戻った。東京オリンピックでの活躍に加え、今度はWNBAを経験した彼女への注目度はさらに上がっている。
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ベンチでもコミュニケーションは欠かせない 撮影:永塚和志
「結構、ワシントンのユニフォームを着てくれている方もいましたし、すごく嬉しいんですけど、今はもうこのリーグに集中している感じですね」。詰めかけたファンの多くがWNBAから「凱旋」した町田目当てだったと思うが、と言うと、彼女はシャイな笑みを浮かべながらそう答え、続けた。
「アメリカへ行っていたからといのを意識しすぎると良くないですし、今は富士通レッドウェーブの町田瑠唯なので、向こうに行っていたというのは意識せずに、です」。東京オリンピックまでも代表合宿等で厳しく励んでいたが、今年はWNBAに挑んだため、おそらくきっちりと休養を取る時間はなかったはずだ。WNBAというWリーグとは大きくスタイルを異にする場所でのプレーを経たことで、日本のそれに戻す「作業」も必要だった。
選手のサイズは当然、アメリカのほうが大きいが、反面、運動量は日本のほうが「圧倒的にある」(町田)ため、得意のパスでも、最初は調整や修正が必要だった。「やっぱり速さや運動量は日本のほうが圧倒的にあるので、そこは合わせていかないといけないんですけど、周りも相手も速く動くのに対して合わせていかなければいけないです。ちょっと(パスを)大きく出しちゃったりとか、低めに出しちゃってカットされちゃったりしたので、調整しなきゃいけないと思います」。
開幕戦の東京羽田ヴィッキーズ戦。富士通は思わぬ苦戦で辛勝したが、試合後、町田はそのように振り返った。しかし、そこから1週間後。町田と富士通は、見事な試合ぶりでENEOSに快勝を収めた。富士通は攻守の切り替えを速くする展開でテンポを握ったが、町田のパスも冴え、「十八番」のノールックパスで相手を撹乱。10アシストを挙げた。冒頭で述べたプレーは、その10のアシストの一つだった。
「この前とは反対。今日はすごくバランスが良かったね。それくらいゴールに向かっていた」。富士通のBTテーブス・ヘッドコーチは、そのようにこの日の町田の出来を評した。「この前」とは相手が町田に対して引いて守っているにも関わらず、リングをアタックして得点の脅威を与えられなかった東京羽田戦を指している。「バランス」とは得点とアシストの割合のことだ。
パス能力が一級品である一方、自身の得点面についてはテーブスHCだけでなく、日本代表でチームを銀メダルに導いたトム・ホーバスHCやミスティクスのマイク・ティボーHCらも課題だとしていた。
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勝利後、スタッフとハイファイブ 撮影:永塚和志
■課題はオフェンス力
今年のWNBAシーズン。主にバックアップPGとしてプレーした町田の平均得点は1.8で、2ケタ得点を記録した試合はなかった(3Pが2Pの1.5倍の価値を持つことを考慮し得点の効率の良さを示す“eFG成功率”は35.1%と低かった)。現時点で町田が来年もWNBAでプレーするかは不明だが、シーズン終了後、ティボーHCはオフェンスの脅威になることが今後も162cmと小柄な彼女が同リーグで活躍できるかの鍵になるといったことを語っている。
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課題となるツリーポイントも改良中 撮影:永塚和志
昨シーズンはWリーグのファイナルまで進出した富士通だが、2022−23シーズンは篠崎澪(引退)とオコエ桃仁花(ギリシャのチームへ移籍)が不在で、戦力的に苦しく、ゆえに町田や彼女と同様、東京オリンピックメンバーの宮澤夕貴にかかる負担が大きくなる。得点面でも無論、そうだ。「(テーブスHCから)『アンダー(下がって守られること)で守られるのはだめだよ』と結構、言われていましたし、アンダーで相手が来たら打つと思わせないといけないですし、入らなくても打っていこうかなと思っていました」。
冒頭の試合。得点への姿勢が如実に表れていた町田は、そのように振り返った。味方選手を衝立にして「ズレ」を作るピック・アンド・ロールプレーでは、相手が下がって守っているのを見て、積極的にシュートを放った。従前の彼女であれば、そこから展開して味方へのパスを模索することが多かったはずだ。町田が「パスファースト」、つまりまずは味方へのアシストを考えるPGであることが変わることはない。彼女の武器はあくまでそこであり続ける。しかし、自身が得点の脅威であるところも見せておかねば、パスも生きてこないし、相手に対策されて手詰まりになりやすくなってしまう。
ミスティックスでは3Pのフォーム変更にも取り組んだ。「まだ安定はしていないですし、練習途中」(町田)だと言うが、攻撃の幅を広げるべく苦心している。開幕からまだ数試合ながら、今季の町田の平均得点は12.3点とキャリア最高のペースだ。
翌30日、富士通は63-59で再びENEOSを下した。町田は16得点、5アシスト、4スティールと活躍した。2018-19までリーグ11連覇の強豪からの連勝は、富士通が今季戦っていく上で自信を植え付けるものとなったはずだが、その中心はやはり町田となる。
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富士通ではチームの中心 撮影:永塚和志
Wリーグ、WNBAと休みなくプレーし続けた町田は、9月下旬からのFIBA女子ワールドカップに町田は出場しなかった。しかし、2024年パリオリンピックへ日本が出場した場合は、東京でと同様に、エースPGとしての活躍がなくば、掲げる金メダルという目標には到底、届かない。
史上4人目の日本人としてWNBAに挑んだ29歳の町田が、選手としてここからもう一段階上のレベルへ上がっていけるかどうか、見ものだ。
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著者プロフィール
永塚和志●スポーツライター元英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者で、現在はフリーランスのスポーツライターとして活動。国際大会ではFIFAワールドカップ、FIBAワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、NFLスーパーボウル、国内では日本シリーズなどの取材実績がある。