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国内アメリカンフットボールの最高峰を決めるライスボウルが1月3日、東京ドームで開催され、富士通フロンティアーズが近年まれに見るスリリングな好試合の末、パナソニックインパルスを29-21で下した。
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■日本アメフト界の頂点ライスボウルの変遷
昨年の大会の再戦を制した富士通は、これで連覇を達成。通算では史上2位となる7度目の王座戴冠となった。
日本においてアメフトの人気は高くはなく、日頃、報道などで取り上げられる頻度も高くない。が、一方で、ライスボウルは今回で76回目と、実は国内でも有数の歴史を誇る試合である。
その歴史の変遷も他競技にはあまりないもので、面白い。ライスボウルは太平洋戦争終戦からまだ間もない1948年に第1回が開催されているが、当時は東西の大学オールスターチームによる対抗戦で、この形式は1983年の第36回大会まで続いた。1984年からは学生王者と社会人王者の対戦へと変更。
1970年代から80年代は日本でもNFLを含めたアメフトブームが訪れ、京都大学ギャングスターズや日本大学フェニックスといった学生チームの隆盛もあり、当時の開催地だった国立競技場には3~4万人以の観衆を集めていた(公式発表はおそらく「下駄を履かせた」数字で正確なところは不明だが、これくらいは入っていたと思われる)。
1992年からは一貫して東京ドームで行われているが、2000年代に入って社会人(1997年よりXリーグと改称)チームが本場アメリカ人選手を採用し始めたこともあって学生側が太刀打ちできなくなり、第75回大会(2022年)からは社会人チームの頂上決戦へとフォーマットを変えた(学生の日本一決定戦は12月下旬の甲子園ボウルとなった)。
2022年度シーズンからは最上位ディビジョンのX1 Superの上位8チームによる「ライスボウルトーナメント」が開催され、より多くのチームにライスボウル進出のチャンスが与えられるようになった。
ライスボウルが社会人チーム同士の対戦となったことは、この試合が元来、学生チームだけの対戦で、その後も大学チームが人気と実力を独占していた時期を考えれば、歴史的なことだと言える。
社会人と学生の間の実力差がついてしまったことは上に触れたが、では、なぜそのような状況となったのか。
それは間違いなく、アメリカ人選手の増加にある。体躯が大きく、運動能力にも優れる本場の選手たちの流入で、リーグのレベルは間違いなく上がった。2010年代から各チームがアメフトの花形で絶対的チームの中心である司令塔のクォーターバック(QB)を続々と採用しはじめてからは、それに拍車がかかった。
■NFLのオファー断り来日
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富士通のディフェンシブバック、アルリルワン・アディヤミ 撮影:永塚和志
Xリーグに来る外国人選手はNFLを夢見、トレーニングキャンプ等に招聘されながら手の届かなかった者たちが大半だ(ルールでアメリカのNFLなどのプロリーグ経験者はプレー資格がない)。
しかしなかには、日本に来て長く在籍し、リーグ優勝や個人タイトルを勝ち取りながら、人生の成功をつかんだ選手もいる。
今回、ライスボウル優勝を果たした富士通のアルリルワン・アディヤミは、異国の生活やアメフトへ見事に順応しながら、この国のアメフトのレベルを上げるのに寄与してきた一人だ。
■富士通行きを決めた理由
ディフェンシブバックという最後方を守るポジションのアディヤミが富士通に加わったのは10年前。彼がサンディエゴ大卒業直後だった。彼も他の多くの選手同様、NFLでのプレーを目指しながら一歩届かないといった状況にあったが、そんな折に富士通での機会を得た。
しかし、だ。日本行きを決めた後、アディヤミは自身の代理人から電話を受ける。彼がワークアウトに参加していたNFLのデトロイト・ライオンズからチームに故障者が出たため再度、実力を見せに来てもらえないか、といった趣旨のものだった。
だがアディヤミはこの申し出を断る。日本のシーズンは間近で自分はすでに富士通でプレーすることにコミットしていたからという、律儀な理由からだった。
「もし自分がライオンズの話に乗っていたら富士通を困らせることになっていたし、約束を反故にすればアメリカ人はみんなそういう奴らなんだろうという印象も与えてしまう。だから自分はその誘いを断って、背水の陣で日本に来た。(日本でのシーズンが終わってから)またライオンズから話があるかなとも思ったけど、もうなかった。だけどあらゆることは理由があって起こるのだし、僕は自分のするべきことをしたまでだよ」。
ライスボウル優勝の余韻が残る東京ドームのフィールド上で、幼少期をナイジェリアで過ごし後にアメリカへ移り住んだアディヤミはそう話した。
NFLという世界最高峰かつアメリカでもっとも人気のあるリーグでのプレーは叶わずも、代わりにアディヤミが手にしたのは、日本での数々のタイトルと、この国のフットボールの向上に寄与してきたという満ち足りた自負心だった。
■近い将来の引退も示唆
かつて富士通はジャパンXボウル(2020年度シーズンまではこの試合がXリーグの優勝決定戦だった)に進出してもそこで敗れるどこか勝負弱さのあるチームだった。だが、2014年度シーズン以降は7度、リーグ優勝を賭けた試合に駒を進めすべて勝利している。アディヤミはそのすべてに関わっている(リーグの最優秀ディフェンスチームには10年連続して選出されている)。
10年前に自身が来日した当初と比べて日本のアメリカン・フットボールの実力は「とてつもなく」変化したと、アディヤミは声のトーンを上げながら語る。なかでも彼が一番、興奮を抑えられない様子だったのが若い日本人選手たちの成長だ。今回のライスボウルにしても、彼らの存在がなければ優勝はありえなかったと言う。
アメリカ人QBの増加について上述したが、今季のX1 Super全12チーム中、アメリカ人QBを採用するのは8チームもあった。しかし、富士通のそれは日本人の高木翼だ(対するパナソニックのQBはアメリカ人)。昨季まではアメリカQBの控えだった高木だが、今回のライスボウルでもインターセプトを1本も与えないなど、落ち着いたプレーぶりで「日本人QBでも勝てる」ところを示した。
「うちのチームがいいアメリカ人選手をそろえているのは間違いないけど、だけど僕らが勝つためには日本人選手たちが成長しなければ不可能なんだ。僕らにはとても、とてもすばらしいコーチ陣がいるし、彼らはアメリカに行って勉強もよくしている。そうした努力があってチームの成長があるし、そこに大きな誇りを感じるよ」
32歳になったアディヤミは、眩いばかりの笑顔を見せながらそう口にした。
ところで、今回のライスボウルは、富士通とパナソニックが相手の穴をつきながら一進一退の攻防を繰り広げるすばらしいものだった。勝ったことはもちろん嬉しいが、これだけ見るもの血をたぎらせるような展開の試合を披露できたことは、アディヤミにとってやはり誇らしいもののようだった。
「とんでもない試合だった。この試合ならアメリカでやっても喜んでもらえるはずさ。僕が日本に来てプレーした試合でベストなものの一つだよ」。
近い将来、引退をするだろうと話したアディヤミ。NFLよりも日本での機会を取るという、あるいは他のアメリカ人選手なら選択しないであろう道を選んだ男はしかし、日本に来たことを一切、後悔していない。
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著者プロフィール
永塚和志●スポーツライター
元英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者で、現在はフリーランスのスポーツライターとして活動。国際大会ではFIFAワールドカップ、FIBAワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、NFLスーパーボウル、国内では日本シリーズなどの取材実績がある。