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日本でプロ野球選手になるためのハードルは、極めて高い。そんな日本の野球界に一石を投じる催しが、昨年末に沖縄で初開催された。
「陽の目を浴びていない場所に光を」をコンセプトに行われた長期トライアウト「ジャパンウィンターリーグ(JWL)」である。NPBの12球団合同トライアウトは1日のみの開催で選手の合否を決めるが、JWLは1カ月に渡って実施された。
◆【前編】10人契約で「新しい文化を創出」国内初の“ウィンターリーグ” 沖縄から野球界に一石
■立ち上げの発端は鷲崎代表の“苦い経験”
そもそも、なぜこのような催しが開催されるに至ったのか。事の発端は、鷲崎代表が選手として味わった“苦い経験”だ。
福岡県出身で、1991年の生まれの鷲崎氏。大学野球の伝統の一戦である“早慶戦”に憧れ、佐賀西高校から慶應義塾大学に進学した。部員約200人で4軍まである大所帯だったが、2年時には3軍に昇格し、最高学年でのレギュラー定着に向けて着実に地力を蓄えていた。
しかし2年になったタイミングで、一つ下の代に甲子園で優勝した高校の4番打者が入学。同じポジションだった。実績や知名度で劣ってはいたものの、「正直、レベルの差なんて紙一重。打席に立てれば打てる自信はあった」と振り返るが、結局4年間一度も公式戦に出場することはかなわなかった。
積み重ねた努力の成果を表現する場さえ与えられず、悶々とした気持ちを抱えていた鷲崎氏。卒業後に「自分の現在地を確かめたい」と米国カリフォルニア州のウィンターリーグに参戦した。そこには、MLBのスカウトらが球場に足を運び、独立リーグの監督がチームの指揮を取って直接選手を評価する完全実力主義の世界があった。
全くの無名である自身も、本塁打を放った翌日に4番に座らせられるなど、成果をきちんと評価される心地良さを感じながらプレーすることができた。契約には至らなかったが、現地のチームから実際にスカウトされ、大学時代のやり切れない気持ちは「完全に成仏できた」と振り返る。
それから7年、日本でもウィンターリーグを創設するという構想を遂に形にした鷲崎氏は、会見で晴れやかな表情を見せてこう語った。
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第1回で開幕の挨拶を述べる鷲崎一誠代表=2022年11月、沖縄県宜野湾市のアトムホームスタジアム宜野湾 撮影:長嶺真輝
「これまで日本の野球界には誰もが手を挙げて参加できるトライアウトはなく、レールに乗った人しかプロ野球にいけない、一流選手になれないという課題があると感じていました。私たちは新しい文化をつくったと思っております。独立リーグもできた当初は『ここから誰がNPBに行くんだ』と思われていましたが、今では独立リーグ出身の選手がWBCで日本代表に選ばれる事例も生まれています。JWLも10年、20年と長く続け、ここからプロに行くのが当たり前のようなリーグにしていきたいです」。
■収益の確保や認知度向上が課題
第1回から選手契約という成果を挙げた一方で、選手にとっては開催前にどれだけスカウトが視察するかが未知数だったことや、催し自体の知名度がまだ低かったこともあり、課題も見えた。事務局が挙げたのは以下の3点。
1. 当初計画で見込んでいた参加人数の120人を大きく下回った
2. 観客動員が延べ1,500人にとどまった
3. 国内外のプロ選手が参加しなかった
第1回で実績をつくったことで、既に募集を開始している今年の第2回に向けて問い合わせが増えているという。欧州の野球スカウティングサイトとの連携関係を築き、海外からの参戦増も見込む。観客動員力の強化については、海外のウィンターリーグのように体験や音楽などの関連イベントを増やして魅力を強化していく方針だ。
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第1回の成果発表記者会見で写真撮影する関係者たち=2023年3月、沖縄県那覇市の沖縄県庁 撮影:長嶺真輝
第1回は69社のスポンサーから支援を受け、沖縄県のスポーツイベント支援事業にも認定されたが、収益面でも課題を残したため、選手を増やすことによる参加費の増加や、入場料の徴収などで改善を図っていくという。
■NPBや台湾プロリーグからの参戦見込む
今年の第2回については、第1回で実施した15歳以上の野球経験者(高校生、大学生、一般、海外)が対象の「トライアウトリーグ」とは別に、NPB、台湾プロリーグ(CPBL)、独立リーグ、社会人(JABA)の選手を対象にした「スキルアップリーグ」を新設し、両リーグを11〜12月のほぼ同じ時期に開催する予定だ。トライアウトリーグの開催期間は11月25日〜12月24日で既に決定しており、現在参加申し込みを受け付けている。
NPBやCPBLのチーム、リーグ関係者とは交渉を続けており、既に参戦に前向きな姿勢を示しているチームも複数いるという。現状でもNPBで1軍入りや主力定着を目指す若手を中心に、オフシーズンに海外のウィンターリーグで“武者修行”をするプロ選手もいるが、鷲崎氏は「もちろん海外でプレーするメリットもあるとは思いますが、温暖な気候の沖縄で1カ月プレーできるのは魅力だと思います。国内であれば手続きの煩雑さがなく、経費も抑えられます」とJWLの利点を挙げる。
NPBに限らず、沖縄を「世界の野球の登竜門にしたい」(鷲崎代表)という壮大な目標に向け、まだ緒に就いたばかりのJWL。実績を積み上げ、国内外で存在感を高めていくことができるか。注目したい。
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著者プロフィール
長嶺真輝●沖縄のスポーツライター
沖縄県の地方紙『琉球新報』の元記者。Bリーグの琉球ゴールデンキングスや東京五輪などを担当。現在はフリーのライターとして、スポーツを中心に沖縄から情報発信を続ける。生まれは東京だが、人生の半分を沖縄で過ごし都会暮らしが無理な体になっている。