
毎年、優勝がなかば宿命づけられたチームでは自分が脇役に徹していても十分に勝ちきれるだけの、圧倒的な”スターパワー”が揃っていた。
しかし、2021−22シーズンに移籍をした彼女は、新天地の富士通レッドウェーブを王座につかせるために主役の1人になることが求められた。
15日夜。Wリーグファイナルの最終・第3戦目が行われ、初優勝を狙うデンソーアイリスを89-79で破った富士通が16年ぶり、通算2度目のリーグ制覇を果たした。
◆“歴史的に大きな1勝”はこう生まれた……パリ五輪を掴んだ舞台裏「本当にいい時間でした」
■溢れ出た万感の思い
このファイナルで平均19.7得点を記録した「彼女」、宮澤夕貴はENEOSサンフラワーズ所属時の2018-19シーズン以来、2度目のプレーオフMVPを受賞した。
万感の思いが、溢れ出た。ファイナル挑戦4度目にしてようやく頂点に立ったチーム13年目の生え抜き、町田瑠唯は湧き出してくる涙を抑えることができない。その町田を、宮澤と林咲希が互いの隙間がなくなるほどに固い、喜びの抱擁を交わす。
林も町田と同様に感極まっていた。宮澤は試合中には見せない大きな笑顔と長い腕で2人を包みこんだ。
富士通に来て3年目。30歳の宮澤は、7度もリーグ優勝をしているENEOSでの経験を生かしながら、2014−15以降、3度ファイナルの舞台に立ちながらいずれも敗れていた富士通を、頂点に立たせてみせた。12月の皇后杯(全日本バスケットボール選手権大会)を制したデンソーも、初のリーグ優勝に向けて激しい戦いぶりで挑んできたが、同軍の中心・髙田真希は宮澤や林といった王者になる術を知る選手たちが差を生んだと語った。
「町田選手もそうですが、宮澤選手、林選手など優勝を経験している選手たちは勝負どころがわかっています。宮澤選手は(ファイナルで)3Pを落とさなかったイメージがあり、気迫も感じましたしプレーも乗っていました。3戦とも出だしで自分たちが後手に回ってしまうことも多かったですし、決めるべき選手が決めています。自分たちとは違って優勝の経験をしている選手がいるというのは、こういう場面では強いと感じました」(髙田)

プレーオフを制した富士通レッドウェーブ 写真:永塚和志
■取り組んだ意識改革
では「優勝の経験」というのは、いかなるものなのか。宮澤らがもたらしたものの1つが、勝者の心構えとでも呼べる厳しさではなかったか。常勝チームから来た宮澤は当初、富士通でのチームの取り組みに甘さのようなものを見た。勝つためにはそれを変える必要があると感じ、実行した。
例えば、練習の中では選手間の声は通りやすいかもしれないが、声援や音楽のある試合時に同じように行くかはわからない。だから「もっと声を出さないと通らないよね」(宮澤)と、伝えた。また、1本のリバウンドやルーズボールを実直に取りに行くことなど、細かいことの徹底もした。
富士通のホームページの選手紹介では、チームメートの伊森可琳が宮澤のことを「バスケに対する意識はチーム1」と評しているが、今年の宮澤はコートを離れた普段の生活態度も競技につながるのだとチームに話していたそうだ。
「プライベートでも気を使えないとディフェンスもできません。例えば飲み物を飲んだら片付けるとか、これまでは細かいことをしっかりできていなかったので、やろうと」(宮澤)
■「アースのパスセンスは特別」
宮澤は、優勝を請け負うために富士通に来たといっても過言ではない。もっとも、彼女の富士通で求められた役割はENEOSでのそれとはかなり様相を変えていた。
宮澤がいた時のENEOSには渡嘉敷来夢や大崎佑圭さんらがいて、よりインサイドを強調したスタイルだった。つまりは、渡嘉敷らがリング近くでボールを持てば相手のディフェンダーが複数彼女に寄る。宮澤はそういった時にオープンとなって、磨いてきたワンハンドでの3Pシュートを放ち、それを決めてきた。
しかし、富士通はまったく異なるゲームを展開するチームだった。オフェンスではより流動的に人とボールが動きながら、かつトランジションから相手の守備体制が整わないところからの得点機を図っていた。BTテーブスヘッドコーチは、自ら指揮を執る富士通には「めちゃくちゃ強い選手はたくさんいない」とし、その中で宮澤にはそれまで以上に攻守でオールラウンダーになることを要求してきた。
Wリーグ入り前はセンターとしてプレーしていた身長183cmの宮澤は、リング近くでのポストアップからの得点を必要とされない富士通ではより様々な形での得点などが求められるようになった。
「アース(宮澤のコートネーム)にはコーナーステイ(コートの隅に位置取りノーマークの3Pを打つのを待つこと)とか単純な役割じゃなくてもっとやらないとだめだと思っていました。そのためにはスキルアップが必要で、そのへんはアシスタントコーチの2人とよく頑張ってくれました」(テーブスHC)
テーブス氏はまた「アースのパスセンスは、このサイズの選手としては特別だと思う」と述べながら、彼女パス能力の向上がチームを底上げしたと示唆した。富士通は宮澤が加入したばかりの2021-22にもファイナルに進出し、トヨタ自動車アンテロープスを相手に力の差を見せつけられて、0勝2敗で敗れ去っている。このシリーズでの宮澤は平均18.5得点、8リバウンドは記録したものの、アシストは平均0.5を挙げたにすぎなかった。今回のファイナルでは、同4本のアシストをマークした。

プレーオフMVPを受賞した宮澤夕貴 写真:永塚和志
■「富士通の宮澤」へ変貌
以前の富士通は町田の「パッシングに頼りすぎていた」とテーブスHCは話したが、ファイナルでのアシストの数を見比べても、宮澤が真の意味で「富士通の宮澤」へと完全に形を変えたことを意味すると言えるかもしれない。
10日にWリーグは、レギュラーシーズンの各賞受賞者を発表したが、町田と林が選ばれた一方で宮澤は「ベスト5」から漏れてしまい、いくらかの議論が起きた。これを受けてテーブスHCは自身のX(旧ツイッター)で「彼女は私たちのMVPであり最優秀コーチでもある。チームのみんながわかっている。彼女は他人の評価など来にしていない。彼女はチャンピオンシップで勝つことしか考えていない。それが彼女を特別な存在にしている」とポストした。
受賞ができなかったことを宮澤が特段気にしたところはなかったものの、テーブス氏のポストは彼女への最大限の礼賛だったし、プレーオフのMVPを手にしたことで「宮澤夕貴、ここにあり」を改めて示した。
宮澤だけでなく、同じくENEOSでプレーした林も富士通移籍1年目であらたなページを開いてみせた。彼女も宮澤同様、「単なる3Pシューター」からより多くの仕事を与えられたことで、一段上の高みに到達した感があった。林はENEOS在籍時の昨季もファイナル優勝を遂げているものの、平均得点は6.3点と大きく目立ったものではなかった。今回のファイナルでは同14点。さらにアシストも同3本を記録するなど、宮澤と同じくプレーを幅を広げ、よりチームに欠かせない存在だということを証明した。
■主役の座を張ってきた町田
ファイナル後に先発の5人すべてが登壇した記者会見では、テーブスHCが林に向けて「キキ(林のコートネーム)、オールラウンダーになったよ」と労いの言葉をかけた場面も、印象的だった。
富士通は、生え抜きとして13年間プレーをしてきた司令塔・町田が長らく「主役」を担ってきた。卓越したパス能力を持ち彼女こそがこのチームのオフェンスを回す、絶対的な選手であるということに変わりはない。
しかし、今はここに宮澤と林というまた別の、特別な質を持った選手たちが加わり、他とは違う富士通のバスケットボールの中で「脇役」からやはり「主役」へとなり町田と並ぶ柱となったことで、チームは強さを得た。今季のリーグ制覇は、何よりもその証左だ。
一方で、富士通が圧倒的な強さで頂点にまで駆け上ったわけではなかった。今季のレギュラーシーズンで17年ぶりに全体1位の戦績(23勝3敗)を挙げはしたが、下には4敗のチームが3つ(デンソー、ENEOS、トヨタ自動車)が並び、その下だったシャンソンもポストシーズンでセミファイナルまで勝ち残った。富士通はそのセミファイナルでシャンソンを相手に、そしてファイナルではデンソーに対してそれぞれ2勝1敗でなんとか勝利を収めたのだった。

レギュラーシーズンで「ベスト5」入りした林咲希 写真:永塚和志
■潮目が変わりつつあるWリーグ
Wリーグは2008−09からENEOSがリーグ11連覇を果たし「一強」の時代から、次の領域に入っている。選手の移籍が容易にしたり、日本の在留期間が通算5年以上ある外国籍の選手を日本人と同等に扱う規則ができたことなどで、より多くのチームにポストシーズン進出や優勝の可能性が与えられるようになている。
このことは、裏を返せば優勝などが簡単には手に入らないことを意味するが、選手たちもより激しい競争に勝ち抜いてこそ掴む栄冠にこそ意義があると考える。
「ファンとすれば一強よりも見るのが面白くなりますし、やってる私たちも勝つか負けるかわからない勝負のほうがやりがいを感じます。ENEOSにいた時は勝って当たり前でした。もちろん勝てば嬉しいのですが、(今は)1つの勝ちに対しての思いの種類が違います」(宮澤)
女子バスケットボール界随一の「言葉を持つ」選手として知られる髙田は、選手移籍を容易にする規則の変更などを彼女たち選手らが求めてきたことが、今につながっていると強調した。
「移籍の問題とかいろんなことがあるとは思いますが、自分たちで変えていく、変えなきゃ盛り上がらないと思いながらやってきましたし、そういう信念を持った人たちがたくさんWリーグに集まっているからこそ変えられたのかな、強い気持ちを持って戦えているんじゃないかなと思います」(髙田)
◆“歴史的に大きな1勝”はこう生まれた……パリ五輪を掴んだ舞台裏「本当にいい時間でした」