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負けん気の強さや敗れた悔しさを、これだけ実直に、かつ爽やかに、キップよく話す選手もそうはいない。
渡嘉敷来夢のことだ。
15日、東京・代々木第二体育館で全日本バスケットボール選手権の決勝が行われた。渡嘉敷のアイシン ウィングスは55-65で対戦相手の富士通レッドウェーブに敗れ、初優勝を逃した。
「めちゃくちゃ悔しいです。確実に勝てるゲームだったなって思ってやっていたので」
試合後、渡嘉敷はそう話した。表情は苦笑のそれだったが、声の色は明るい。悔しいけれども、人生の終わりではないとでもいうような声のトーン。これを両立できる天性の素質が、この人にはある。
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■「しんどい」けど、「『来夢は大丈夫』とひたすら言い聞かせた」
アイシンは最大で12点のリードをつける場面もあった。渡嘉敷の「確実に勝てるゲーム」というのは、「引かれ者の小唄」ではなかった。一方で、2023−24のWリーグ王者で今シーズンも同リーグプレミア(2024-25より上位の「プレミア」と下位の「フューチャー」の2ディビジョン制となっている)で15勝1敗と首位を走り、経験豊富な富士通はディフェンスから立て直し、ビハインドを埋めていった。
若手の成功体験の少ない選手の多いアイシンには、それを跳ね返すだけの余裕がなく、多くのミスを出してしまったことが、勝敗を分けた。
それでも、アイシンの健闘は光った。なにせ、今シーズンのアイシンはここまで5勝11敗で、プレミアにおいて8チーム中7位に沈んでいるのだ。それゆえ、この愛知県安城市を拠点とするチームの躍進は想定の範疇を逸脱したものだった。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
躍進の中心にあったのは、渡嘉敷だった。アイシンが下馬評を覆し、格上を下して勝ち上がってきたのは33歳の存在があったからというのは明白だった。
シーズンで平均14.9得点(プレミア3位)の渡嘉敷は、準々決勝のシャンソンVマジック戦では30得点、準決勝のトヨタ自動車戦では29得点と、普段よりもアクセルを踏み込んだ。出場時間も、ほとんどベンチに下がることなくプレーし続けた。準決勝では40分間コートに立ち続けると、試合終了間際に決勝シュートを決めチームの決勝進出を演出してみせた。
決勝戦では、21得点、10リバウンドを記録した。だが、この日も出場時間は約39分と、ほぼフルでプレーをした。連日、長い時間コートに立ち続けたことや、富士通の激しいディフェンスを相手にしたことで体力を削られたか、後半の渡嘉敷にはそれまで見せてきた力強さや精度がなくなっていた。試合後には「まだ行けるなと思っているところがあります」とした渡嘉敷だが、力尽きたと表現するのが適当な最後だった。
だが、燃やす燃料が尽きかけても何とかしてくれると思わせる頼もしさがあるのも、渡嘉敷だ。準決勝のトヨタ自動車戦でも、後半に入って渡嘉敷が抑え込まれる時間帯もあり、その間につけた差を詰められた。それでも試合終了間際、渡嘉敷はENEOSでも長年、ともにプレーをしたポイントガードの吉田亜沙美からのパスを受け、決勝のシュートをねじ込んでみせた。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
ティップオフから一度もベンチに下がらなかったこの試合終盤の渡嘉敷の息は、切れているように見えた。それについて問われた渡嘉敷は「いや、しんどいっすよ」と疲れがあったことを隠さなかった。
だが、その後に続く言葉がけっしてネガティブにならないのが、渡嘉敷だ。彼女はこう話した。
「でも、下がるっていう選択肢もないですし、勝負どころで絶対に自分の場面が来るって思ったので、うまく気持ちコントロールして、呼吸もコントロールして、『さあ行くぞ』っていう感じで常に戦っていました。『来夢は大丈夫』という言葉をひたすら言い聞かせながらやっていました」
■皇后杯の戦いぶりで見えてきたアイシン移籍の価値
リーグ11連覇、皇后杯10連覇。自身もWリーグで8度のMVPに輝くなど、ENEOS在籍時代にはありとあらゆるタイトルを手にしてきた。渡嘉敷を渡嘉敷にしたのは、その間に培われた技術もさることながら、試合を俯瞰視し、足りないところがあれば味方に指示する、卓越したリーダーシップでもあるだろう。
いや、指示するというのは言葉として正しくない。諭す、とするほうがしっくりくる。
再び、準決勝のトヨタ自動車戦。試合は一進一退となったが、渡嘉敷は相手に流れが「行っているような」時に経験の少ない若いチームメートたちが頭を下げないよう、声をかけ続けた。
「相手に3Pを決められた時もちょっと相手が勝っているみたいな雰囲気だったんですけど、ベンチの全員には『うちのほうがリードしてるんだよ、だからヘッドダウンする必要はないよ』とか、そういう気持ちの部分を伝え続けていました」
こう話した渡嘉敷に、ENEOSで積み上げてきた経験がそうさせるのかと追い打ちの質問が跳ぶ。すると彼女は「勝った時のメンタリティはこういうのだったよっていうのは伝えているつもりです。それが若い子たちに伝わっているのかなとは感じています」と、はっきりとした口調で返した。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
決勝戦を翌日に控えて若いチームメートたちから何を求めるか問われた渡嘉敷の、迷いのない応答もまた印象に残る。
「シンプルに、思い切りやってくれたらそれでいいかなと思っています。多くを求めないです。なぜなら初めてのファイナルの舞台。そこを経験してさらに1つも2つも選手としてもそうですし、チームとしてもレベルアップしてくると思うので、深く考えず、緊張はすると思うんですけど、ファイナルの舞台を楽しんでほしい。空いたら思い切りシュートを打つ。行けると思ったら思い切っていく。もう、それだけを若手には伝え続けています。ミスを恐れてやったらプレーはできない。ミスをしてもベテランがカバーすればいいと思っているので」
ENEOSにいれば、あるいは優勝に近いところにい続けられたかもしれない。だが渡嘉敷が、アイシンという従前は実績が薄く、脚光もほとんど浴びてこなかったチームに移ってきた価値のようなものが、この皇后杯の戦いぶりを通しておぼろげながら見えてきた気がする。
要は、渡嘉敷には自分を高める新たな挑戦が必要だったのではないかということだ。渡嘉敷は周囲の下馬評の低さに対して「覆してやろうという気持ちになった」と話した。それに続けて「ここでやったら(勝ち続けたら)自分、かっこよくない? みたいな気持ちで1試合、1試合戦っていました」としたのは、彼女のちょっとした照れ隠しかもしれないし、聞く者を笑顔にさせる彼女の天性の無邪気さから来るものでもあるかもしれなかった。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
また一方で、勝つことへの執念、勝つからこそ楽しいのだという根源的な欲心は、ENEOSでもアイシンでも、渡嘉敷の中では変わっていない様子だ。前評判の高くなかったアイシンだからこそ、湧き上がる熱量も高くなったところがあったかもしれない。
準決勝では、昨シーズンのファイナルで対戦した富士通とデンソー アイリスの顔合わせとなり、これを事実上の決勝戦とする者は少なくなく、SNSでそれを見た渡嘉敷は「なめんな。勝ってから言え」と負けん気を膨らませていたという。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
「そういうところで自分の気持ちの強さをコート上で表現できたし、それをチームのみんなも少しは感じ取ってくれたのかなとは思います」(渡嘉敷)
相手選手にしつこく体を当てられれば険しい形相になったかと思えば、シュートが入れば両手を大きく広げて見栄を切りながら、自陣に戻ったりもする。月並みな言い方ながら、その一挙手一投足が見ていて、楽しい。
聞くものを微笑ませる無邪気さについては触れた。渡嘉敷は彼女の口から発せられる言葉でもまた、他の選手たちとは違った内容、トーンで楽しませる。だが、今回の皇后杯で敗れた後の弁のように、悔しさの言葉を並べるにしてもそれを悲壮感で覆い包むことはせず、カラッと乾いた軽快さをもって話して見せる(軽快だからといって中身がないわけではない)。そんな言葉の「才」を持っているのは、日本の女子バスケットボール界において彼女しかいないのではないか。
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アイシン ウィングスの渡嘉敷来夢(撮影:永塚和志)
2020年に膝の靭帯断裂の重症を負い、東京オリンピック、パリオリンピックと日本代表選出を逃したことや、ENEOSがここ数年、絶対的な女王でなくなったこともあって、渡嘉敷の存在感にはやや陰りがあったようにも感じられる。
しかし、今回の皇后杯におけるアイシンの進撃を牽引した渡嘉敷のプレーぶりからは、自身が勝っても負けてもいまだに主役であることを知らしめられた。
敗れても、身長193cmのパワーフォワードの放った強い光は、コートに焼き付いた。
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