「簡単に崩せるとは思っていないので、粘り強く、積極的にトライしていきたい。立ち上がりが特に大事になってくるので、前半のうちにしっかりと点を取りたい」
果敢に放ったミドルシュートは決意の表れとなるが、果たして、香川が得意とする「距離」ではなかった。ターンで抜け出してから味方とさらに連動して、相手キーパーの至近距離に迫って決定的な仕事をするのが香川のスタイルであり、最も輝く瞬間となる。
香川自身、ハリルジャパンとして初めて臨む公式戦へこんなイメージを描いていた。
「3トップが(最終ラインの)裏を狙って、自分がちょっとタイミングをずらして入っていければ」
ドルトムントでは快足FWエメリク・オーバメヤンが裏のスペースを狙い、ドイツ代表のマルコ・ロイスやイルカイ・ギュンドアン、トルコ代表のヌリ・シャヒンらのMF陣があうんの呼吸で反応する。
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■俊敏な動き、研ぎ澄まされた得点感覚
セレッソ大阪から完全移籍で加入し、俊敏な動きと研ぎ澄まされた得点感覚でヨーロッパにセンセーショナルを与えた2010‐11年シーズンには、FWにポーランド代表のロベルト・レバンドフスキ、中盤にはドイツ代表のマリオ・ゲッツェやケヴィン・グロスクロイツらの才能あふれる選手がそろっていた。
必然的に香川の思考回路にはさまざまなアイデアがひらめく。スルーパスで味方のゴールをお膳立てするもよし。壁パスを使ってさらに切れ込んでいくのもよし。ベストの選択を瞬時に弾き出し、ゴールという結果をもたらしてきたからこそ、香川はヨーロッパで屈指のトップ下という評価を得た。
しかし、日本代表にはゲッツェもいなけれれば、オーバメヤンもいない。香川がドルトムントと同じ感覚でプレーするのは無理があるし、ドルトムントと同じ動きを日本代表のチームメイトに求めれば、必然的に攻撃はノッキングを起こす。
パスをもらうときも然り。香川はシンガポール戦前日にこうも語っていた。
「もっとボールを引き出したい、もっとボールを受けたい、ということを要求していきたい」
ワントップの選手を除く9人のフィールドプレーヤーが自陣に引き、形成されたシンガポールの城壁の中で香川は精力的に動き、縦パスを受ける状況を作り出していた。
もっとも、そうした考えがなかなか味方に伝わらない。キャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)と柴崎のダブルボランチに対して、試合中に珍しく声を荒げることもあった。
「オレのところに(パスを)出せるだろう!」
空回りする気持ちが、本来の姿を失わせてしまったのか。前半23分に訪れた千載一遇の得点チャンスで、香川はスタンドを青く染めた約5万7000人のファンやサポーターのため息を誘ってしまう。
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右サイドを攻め上がった酒井が、ゴールライン手前からマイナス方向へ折り返す。フリーで走り込んできたのは香川。誰もがゴールシーンを思い描いた直後に、シュートはバーのはるか上を通過していった。
必死にスライディングしてくる相手選手の姿が、視界に入ってきたことは否定できない。それでも必要以上に力み、シュートを浮かせてしまった理由は、香川が抱いていた焦燥感と無関係ではないだろう。
日本代表のチームメイトを、いますぐドルトムントのそれと同じレベルに引き上げることはできない。ならば香川自身が意識を変えて、ドルトムントとは違ったプレースタイルとコンビネーションを作り上げなければいけない。