【THE REAL】ロアッソ熊本・巻誠一郎は走り続ける…大地震を乗り越え、被災地に笑顔を届けるために
オピニオン
コラム

取材が始まってから、およそ4分30秒過ぎのこと。驚いたメディアのひとりからハンカチを差し出された巻は、「大丈夫です」とその後も約5分間、何ごともなかったかのように対応を続けた。
■走り続けなければいけない理由があった
おそらくは前半29分。自軍のゴールキックをジェフユナイテッド千葉のMF長澤和輝と空中で競り合った際に、長澤の右ヒジがまともに巻の左顔面へ入った接触プレーの後遺症だったのだろう。
センターサークル内にうずくまった巻は、あまりの痛みに横たわってしまった。すぐに試合は中断され、医療スタッフが駆けつける。応急措置を受けた巻は雄々しく立ち上がり、プレー続行OKを示した。
例え鼻骨が折れていようが、激痛に襲われ続けようが、歯を食いしばって走り続けなければいけない理由が巻にはあった。
「特に後半は本当に苦しくて、何度も足が止まりそうになったし、何度もあきらめそうになったし、何度もゴールへ向かうのをやめようかと思いましたけど、そういった状況で僕を含めた選手全員が思い浮かべたのは、熊本でいまだに苦しい思いされている方々の顔や思いでした。それらに比べたら、僕らがキツいことなんて本当に小さなこと。そういう思いが僕らの足を最後まで動かしてくれたと思うし、ゴールへ向かわせてくれたと思うし、ボールに最後まで執着してあきらめなかった部分につながったと思います」
■熊本地震が発生
生まれ故郷が「平成28年熊本地震」に襲われたのは4月14日。翌日こそ練習を行ったロアッソだったが、16日未明に本震が発生したことを受けて、所属する29選手のうち19人が県外へ避難する事態に直面した。
17日に敵地で行われる予定だった京都サンガ戦を含めて、5試合が中止・延期となった。全体練習が再開されたのは5月2日。練習試合を組めたのはわずか一度。ひとり当たり45分間プレーしただけだった。
いわば後半は未知の領域であり、巻をして「本当に苦しくて」と言わしめた。試合勘が欠け、フィジカルコンディションもキャンプ序盤のそれに落ちた。それでも、絶対に下を向くわけにはいかなった。
ロアッソのリーグ戦復帰が5月15日のジェフ戦になると決まったのは、「本震」に襲われてから5日後の4月21日だった。場所は慣れ親しんだフクダ電子アリーナ。巻は運命的な縁を感じずにはいられなかった。
熊本を「前震」が襲ってから約1カ月後。何よりも対戦相手のジェフは、駒澤大学から2003シーズンに加入して7年半、巻が心血のすべてを注ぎ込んできた愛着の深いクラブだった。
「千葉というクラブは本当に僕にとっては特別なクラブですし、僕のサッカーの原点。サッカー選手として育ててくれたのも本当に千葉のサポーターであり、このクラブだと思っている。そのクラブと再開の場で対戦できるということは、僕にとっては本当に特別な日でした」
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