ケガに苦しみ続けてきた。特に2015シーズンは春先から腰を痛め、シーズンを通して治療を続けてきた。「その時期があったからこそリオ五輪代表を決めることができた。あってよかったというわけではないが、貴重な経験になった」と振り返った。
「両親がいなければここまで陸上を続けてこれなかった」と感謝の想いを述べた山縣に、サプライズで母からの手紙が読まれた。
「こんなに恵まれた母は世界中のどこを探してもいないと思います」というメッセージだった。
「母親の言葉は心に刺さります。本当に嬉しかった」と喜びを示しす山縣。畳み掛けるようにセイコー社員30名による応援も行われた。山縣は改めてリオデジャネイロ五輪への抱負を口にした。
「照れますね。でも、普段よくしてくれているのにさらにこうやって応援してくださって嬉しい。リオデジャネイロではしっかり自分が立てた目標に取り組み、悔いのないようなレースをしたい。9秒台、ファイナルを目指します」
#山縣亮太さん 代表決定記者会見 pic.twitter.com/OPUzTRBBbP
— CYCLE-やわらかスポーツ (@cyclestyle_net) 2016年6月30日