ただし、「夜に登った」といっても、ナイトハイクのようないかにもアウトドア通な洒落たものではなく、ケーブルカーを利用したものなので、あしからず。
筑波山のケーブルカーは筑波山中腹、筑波山神社の奥にある宮脇駅(標高305m)から御幸ヶ原にある筑波山頂駅(標高800m)の区間1634mを約8分で結んでいる。この距離はケーブルカーとしては日本で3番目に長い距離だという。
毎年紅葉時期になると17時~20時に夜間運行を行っており、その際に真っ赤に染まったモミジがライトアップされ、夜の紅葉狩りが楽しめるようになっている。
夜中にケーブルカーで山に登るという行為は、それだけでドキドキするものだった。ケーブルカー自体、普段乗ることのない乗り物であるし、何より夜の山は不気味である。筑波山は古くからの霊峰として伝わる山なので、しんとした雰囲気が余計に怖く感じた。
■モミジのライトアップ
いざ、ケーブルカーに乗り込むと、後方の車窓から見えるのは広大な関東平野の夜景である。都会の夜景ほど圧倒的はないけれど、細かく散らばる街の灯りはそれはそれでキレイであった。
そして、横の車窓から見えるのは、ライトアップされたモミジだ。夜の暗闇に照らし出された赤々とした葉は、それはそれは幻想的であった。

そのまま筑波山頂駅にたどり着くと、すぐそばの展望台に登って夜景をじっくりと眺めた。展望台のすぐ傍にあるのは男体山。夜の山は正直怖い。でもその怖さには、一種の中毒性があり、筆者は夜の男体山に釘付けになった。
そうしていると、不思議な感覚を覚えた。夜の山の風景に、自分の体ごと紛れ込んだような、溶け込んだような感覚。このまま長いことこの場にいたら、山と一体化してしまいそうな気さえした。
別世界にトリップしかけた筆者を現実に戻したのは、ケーブルカーの乗車時間だった。山頂駅発の最終列車の時間である。これを逃したら、歩いて山を下りるか、はたまたそれこそ本当に山と一体化してしまいかねない。
慌ててケーブルカーに乗り込み、夜の筑波山に別れを告げる。ライトアップされた幻想的な紅葉と、ケーブルカーの車窓から見える関東平野の夜景、そして、暗闇に浮かび上がる山の姿。高揚感と恐怖心が入り混じった夜間山行の感覚は、サン=テグジュペリの『夜間飛行』の読後感によく似ていた。