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【THE REAL】富樫敬真が歩む波乱のサッカー人生…デビュー戦の鮮烈ゴールとリオ五輪への決意

オピニオン コラム
富樫敬真 参考画像(2016年5月11日)
富樫敬真 参考画像(2016年5月11日) 全 7 枚 拡大写真
■サッカーをやめようと思ったことがあった

1993年8月10日に、米国ニューヨークで日本人の父と米国人の母の間に生まれた。敬真という名前は「けいま」ではなく「けいまん」と読む。英語表記が「Cayman」となるのは理由がある。

「両親が新婚旅行でケイマン諸島へ行って、すごく印象深かったみたいなので。本当に綺麗で素敵な島だったから、そこから名前を取ったとは聞きました。4歳からはずっと横浜に住んでいますけど、英語はダメないんですよね。大学で英語の必修科目を落として、親に恥をかかせてしまったくらいなので」



一度だけサッカーをやめようと思ったことがある。中学生時代はマリノスのジュニアユースに所属したが、ユースへの昇格がかなわなかったことで、夢と目標を見失いかけた。

「サッカーがつまらなくなって、本当にやめるくらいの勢いで受験勉強も始めていたんですけど。中学3年生のときにお世話になったコーチがいろいろな高校に電話をかけて推してくれたおかげで、(日本大学高校への)スポーツ推薦枠がひとつ空いたんです。本気でサッカーに取り組める環境を作ってくれたそのコーチの方へは、いまでも感謝の気持ちでいっぱいです」

波乱万丈に富んだサッカー人生に「自分でもびっくりしている」と目を丸くする富樫は、これからは過去を振り返ることなく、さらに右肩上がりの続編を自らの力で綴っていくと決意を新たにする。

「もうびっくりしている場合じゃないですよね。目指す場所は決まっているし、自分のなかでさらに大きくなった。リオへ行きたいと思うだけじゃダメだという感情にも、もちろんなっている。日本(の熊本県)が、こういう状況になっているなかで、オリンピックには僕たちの使命がある。行くだけで満足している選手がいたらもっと難しい大会になるし、その意味でもはき違えることなくやっていきたい」

■シンデレラストーリーは五輪へと向かう

本大会に出場できるのはわずか18人。出場資格を有するのは1993年1月1日以降に生まれた、開催時で23歳以下の選手だが、各チームとも年齢制限のないオーバーエイジを3人まで招集できる。

もちろん日本も例外ではない。実際にJ1で3年連続得点王を獲得しているFW大久保嘉人(川崎フロンターレ)の名前が、スポーツ新聞紙上では取りざたされている。

「オーバーエイジを使わなくても大丈夫だと、オレに思わせてほしい」

ガーナ戦を前に手倉森監督からかけられた熱い言葉を、真正面から受け止めて成長への糧とする。リオを約束の地と決めたからこそ、富樫は現状に満足することなく前へと進んでいく。



「オーバーエイジとしてガーナ戦に出れば、複数のゴールをあげられる選手が間違いなくJ1にはいる。その意味でも1点で満足していたら、揚げ足を取られるというか。後半の出来を見れば、自己採点はプラスマイナスでゼロになっちゃったくらいですね。でもネガティブな意味ではないですよ。プロ1年目でほとんど実績がないなかで、フォワードの自分はわかりやすい結果を残していくしかない。この悔しさを糧に、さらに頑張っていかないといけない」

23歳以下の選手に与えられる一生に一度のチャンスを、そう簡単に年上の選手にはわたさない。試合開始前にはひげを剃り、爪も切ることをルーティーンとする富樫は、そのイケメンの下に不退転の決意をしのばせている。

一度閉ざされたマリノスへの道がひょんなことからつながり、勝ち取ったプロ契約とともに幕を開けたシンデレラストーリーはいま、4年に一度のスポーツ界最大の祭典、五輪へ挑戦する新章に突入した。
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《藤江直人》

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