【THE REAL】ハリルジャパンとプラチナ世代の元気印、DF昌子源を成長させる“未知との遭遇”
オピニオン
コラム

■センターバックとしての可能性
米子北高校1年生のときに、昌子はフォワードからセンターバックに転向している。中学時代に所属したガンバ大阪のジュニアユースの同期には「怪童」の異名をほしいままにし、現在はトップチームでエースを担う宇佐美貴史が君臨していた。
宇佐美の底知れぬ才能を目の当たりにし、さらにユースへの昇格がかなわかったこともあって、中学3年の途中で昌子はサッカーをやめている。バスケットボールへの道を志向した時期もあったが、サッカーの指導者を務める父の知人がコーチを務めていた米子北高校の練習に参加したことで情熱を取り戻す。
親元を離れた異郷の地でセンターバックとしての可能性を見出され、U‐19日本代表候補に名前を連ね、卒業時には名門アントラーズから声がかかった。運命の糸に導かれるかのように、今シーズンからは歴代のディフェンスリーダーが背負ってきた『3』番を託されるまでに成長した。
昌子の前に『3』番をつけていたワールドカップ・南アフリカ大会代表の岩政大樹(現ファジアーノ岡山)は、2013年シーズンいっぱいで契約更新を見送られた。これからは昌子に任せる――。フロント主導の世代交代を受け入れ、アントラーズを去った岩政から贈られた言葉はいまも昌子を支えている。
「お前の潜在能力は高い。自信を持ってプレーすれば、鹿島を背負えるセンターバックになれる」
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《藤江直人》
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